第18話 『兆しと好敵手』
「応援するつもりだったけど、あんまり意味なかったよねー」
朱莉がやや呆れ気味に言う。私たちもそれに対して苦笑するしかなかった。
分かっていた事とはいえ、やはり圧倒的だったと言える。
日は高く昇り切り、西へと傾き始めた時間帯ではあるが、すでに決勝戦が始まろうとしていた。決勝という事もあり、円形闘技場は騒がしかった。
「確かに今までの試合はすぐに終わってしまったわね。でも、それは仕方ないと思うわ。兄上程クロスレンジに強ければ、事象系練気を主として使っているエレメンタル・アカデミーの生徒の多くは太刀打ちできないと思うもの」
「そうっすねー。事象系練気を使う人は近接戦に弱いのは間違いないと思うっす。うちらもお兄さんから手解きを受けているとはいえ、まだまだっすもんね」
事象系練気はその便利さゆえに、その力に頼り過ぎる傾向がどうしてもある。
近接戦が必要な能力でもない限りは必要としないでしょうね。
「でも、次の相手は違うよ。見ている限り、如月先輩は杖を使っていないから、兄さんも圧勝という訳にはいかないと思う」
「そうだねー。お兄様を応援しないといけないのは、これからだね」
私たちが話していると、闘技場に二人の生徒が現れる。
一人は黒髪短髪の男子生徒、もう一人は向日葵色のポニーテールの女子生徒。立花龍――兄上と如月環奈――環奈先輩の二人だ。
私たちは擂鉢状の観覧席の一番前の席に座っている。兄上と一緒に来たので、好きな席を取る事ができた。
だから、兄上たちの姿を間近で見る事ができる。
ふふ、兄上の雄姿を一番近くで見られるわ。勉強にもなるし、脳裏に兄上のカッコいい姿も収められるから一石二鳥よね。
「さーて、どっちが勝つっすかねー」
「当然、お兄様!」
「私は正直分からないかなー、葵ちゃんは? って聞くまでもないか……」
朱莉が口に手を当てて、含み笑いをする。私の気持ちが分かっているかのような表情。
「兄上、と言いたい所だけれど、如月先輩の力も侮れないわ。二人とも今までの試合はほぼ圧勝。唯一、時間が掛かったと言えば、如月先輩と五色先輩の戦いだけ」
「そうだね。となると、やはり鍵は兄さんの力の覚醒でしょうか」
そう、試合を決めるのは兄上の事象系練気への覚醒。果たしてここで目覚めるだろうか。
今の兄上を満足させられるのは環奈先輩だけなのは間違いないのよね。今の私ではまだ届かない高みでも、環奈先輩なら届いているのだから。
私が危惧しているのは、私が知っている世界とはすでに分岐しているという事。
『半神隠し』はその最たるものだと思う。ただ、実害は出ていないようだから、あまり気にしなくてもいいかもしれないけれど。
ともかく見届けさせてもらおうと思う。
「始まるよ……」
朱莉の一言で私たちは全員、対峙する二人に視線を向けた。
そこで環奈先輩が大きく息を吸ったのが見える。あー、これは……
「観覧席にいる、諸君! はっきり言っておくぞ、観覧席にいては危険じゃ。わらわたちの戦いの余波が飛んでくるかもしれんからの! だから、ここから出る事をお勧めしておこう!」
円形闘技場中に響き渡る大きな声だ。それを受けて、騒がしかったはずの周囲も静まり返る。
しかし、真に受けていないのか、それとも環奈先輩の声に委縮したのか、観覧席にいる生徒たちは動き出さない。
「吹雪、例のものはできておるか?」
「ええ、用意したよ」
観覧席にいた吹雪先生に向かって、環奈先輩が声を掛ける。教師を呼び捨てる環奈先輩。彼女は傍若無人な所があるが、それが鼻につかない所が生まれ持っての性質かもしれない。
そして、環奈先輩と吹雪先生の関係は一年生の頃から。環奈先輩の事を随分と気に掛けていたので、今のようになったと言っていた。
すると、静かな円形闘技場に乾いた音が二回響いた。全員の視線が吹雪先生へ。
「この円形闘技場内に複数のカメラをセットしました。闘技場の外に巨大モニターを設置しましたので、そちらに移動してください。もしこの場で見たいという人がいればどうぞ。但し――巻き込まれないように注意してね」
最後の脅しが効いたのか、生徒たちは移動し始めた。当然ながら、私たち五人はここから離れるつもりはない。
そして、円形闘技場の観覧席には私たち五人と大河先輩、吹雪先生の七人だけとなった。
「お兄ちゃーん、頑張ってくださーい!」
「お兄様―、ファイトです!」
「兄上、頑張ってください!」
朱莉と桃花に負けじと私も声を出して兄上を応援する。兄上は片手を上げて、私たちに返してくれた。
二人の空気が変わる。朝、出会った時のような張り詰めた空気が闘技場中を覆い尽くすようだ。
「では始めるとしよう――楽しき闘争を!」
それを合図に兄上と環奈先輩の戦いは始まった。私たちは固唾を呑んで、その戦いを見守り始める。
目の前で繰り広げられるのは、激しい攻防。兄上の緑の練気と環奈先輩の雷がぶつかる。
【雷帝】という二つ名の通り、環奈先輩の事象系練気は“雷”。主に近接戦を得意としているけれど、それ以外の攻撃も一定レベル以上。
「薫流、前から思っていた事があるんすよー」
「兄さんの事?」
「そうっす。お兄さんって、青と緑、二つ練気を使ってるっすよね。あれ、どうしてっすか?」
試合を見ながら、望海が薫流に尋ねる。今、兄上は体に青い練気を纏い、環奈先輩が放った雷の網を突き抜けた所だった。
望海の質問の内容は荒唐無稽なものではないわ。例外はあるけれど、基本練気は一人につき、一つの練気と決まっている。
それは練気が人の体に流れる生命エネルギーである命力を使って練り上げるから。つまり、その人のエネルギーを使って練気を練り上げるので、その人固有の練気になるのよね。
それを示すように人によって練気の色は違う。もちろん、同じ色の練気を持つ人はいるけれど、練気自体は別物と考えるのが自然ね。
命力は生命エネルギーである事は間違いないのだけれど、それが枯渇したからといって死ぬという事もないわ。
あくまでエネルギーという訳ね。ただ、枯渇した場合体全体を想像を絶する筋肉痛が起きるのよね。……あれは二度と味わいたくないわね。
「ごめん、知らない。そう言えばどうしてなのかな?」
「薫流も知らないなら本人に聞くしかないっす――あ……」
望海が捉えたのは兄上が環奈先輩に空高く投げられた所。
そして、環奈先輩の雷を纏った拳が兄上の腹部に突き刺さり物凄い勢いで、私たちがいる所からは離れている観覧席に叩きつけられた。
「兄さん!」
「お兄さん!」
口々に私たちから兄上を心配する声が飛び出る。
土煙が舞う中で私たちの声に応えるように、兄上が素早く立ち上がった。
体からは青ではなく、緑の練気が溢れ出し、自身を弾丸のようにして環奈先輩に突撃していった。
「危なかったーお兄ちゃんがやられちゃったかと思ったよー」
「そうね。でも、そう簡単に兄上は負けないわ。それより、望海さっきの話だけれど……」
朱莉がほっと安堵の息を吐く。朱莉と桃花はすぐに慌てるのよね。それだけ心配しているという事でしょう。
「練気が二つって話っすか?」
「ええ。おそらく、強化系は青、放出系は緑だと思うわ」
「あーそう言われてみればって感じっすね。結局、どうして練気が二つなのか、という問いの答えにはなってないっすけどね」
望海の言う通り。何の答えにもなっていない。
本当の事を言っても、理解してもらえないかもしれない。それに私が軽々しく答えてはいけないものだからね。
兄上の右手首にある真紅のブレスレット、首にかけてある翠緑のペンダント、これがヒントなのよね。
そして、戦いは激しさを増していき、中盤に差し掛かろうとしていた。
環奈先輩の背には八つの高密度の練気である雷玉が円を作って浮かんでいた。
対する兄上は杖を媒介にして、そこに青い練気刃が展開された。
――戦いはさらなる死闘へと移行していく。
***
二人の戦いの余波で、円形闘技場の観覧席は所々崩れ始めている。
それでも私たちはそこから一歩も動こうとはしない。
なぜなら、私たちは兄上と環奈先輩の戦いに魅せられているから。
「お兄様、何だか楽しそうだね」
「兄さんは私たち相手だと物足りなかったのでしょうね」
「すごいね……お兄様と如月先輩」
戦いの緊張が伝播しているのか、皆の口調は硬い。
でも、それも仕方のない事。それだけ激しくも熱い戦いが繰り広げられている。
「そう言えば、結局お兄さんに聞き忘れたんすけど、どうして昨年の≪ホーリーフェスタ≫に出場しなかったんすかねー。如月先輩もそうっすけど、二人の実力なら【覇王】や【桜花剣聖】、【風の剣帝】ともいい勝負だと思うんすよね」
望海の声も若干硬さを感じたものの、その疑問は目の前の戦いから意識を逸らすには十分な内容だった。
それにしても【風の剣帝】はあまり使われない二つ名のはずだけれどね。彼女は別の肩書きの方が有名だから。
望海の疑問に答えを得るべく、私たちの視線は再び薫流へと向けられる。
「ごめんなさい。実は私も詳しくは知らないの。ただ、兄さんは急に強くなったみたい……」
薫流の声に段々と自信がなくなっていく。
やはり、兄上から許可をもらっていないから、下手に話せないのよね。望海もそれを理解したのか、軽く頷いている。
「そう言えばさー、お兄ちゃんの動きって、【桜花剣聖】や【風の剣帝】に似てないかな? 武器は違うけどさ、なんかこう……ね? さっきも十字に放った斬撃波。あれって【風の剣帝】も使ってたと思うよ」
「【風の剣帝】は分からないけど……私、お兄様に【桜花剣聖】高橋琥鈴先輩の事を聞いたんだ。そうしたらね、お兄様と琥鈴先輩って幼馴染なんだって。だから、琥鈴先輩と使っている剣が似ているのは同じ所で学んだからだと思うよ」
朱莉も良い所に目を付けるものよね。兄上の強さの秘密がそこにある訳ね。桃花の話は兄上の基礎的な面の話。
――何かが崩れる派手な音が耳を刺激する。
見ると、闘技場には兄上しか立っていなかった。投げ飛ばされたのは環奈先輩という事だ。
「――兄上危ない!」
咄嗟に、意味もないのに声を上げていた。
すでに雷玉が変化した五つの雷槍が穂先を兄上に向け一斉に突撃していった。
兄上は左の脇腹に傷を負っているのか、動きが悪かった。
串刺しにされる――そう思った時だ。
兄上の体から何かが渦巻き、全ての雷槍を弾き飛ばしていた。
「ねえ、葵、今の……」
「薫流、間違いないと思うわ」
私は肯定を示すように大きく頷いた。今のは間違いない、兄上の事象系練気覚醒の兆しだ。
その証拠にブレスレットとペンダントが淡い光を放っている事に気が付く。
その時、観覧席から上がっていた土煙が大きな衝撃と共に弾けた。
そこには両腕から激しく雷を迸らせ、背に六つの雷玉が浮遊している環奈先輩の姿があった。先程、弾き飛ばされた雷槍はすでに環奈先輩の所に戻っていたようだ。
兄上と環奈先輩が何やら楽しげに笑っている。
ここまで心を震わせる戦いをしているのだ。楽しくないはずがない。
それは戦闘狂と自他共に認める環奈先輩ではなくとも分かる。これがきっと好敵手というものなのだろう。
「わらわの今出せる全てを見せよう!」
環奈先輩が力強く吼える。
「ちょっと環奈!」
そこへ今まで成り行きを見ていた吹雪先生が声を上げる。
環奈先輩のしようとしている事が分かっているからこそ止めに入ったのでしょう。
「心配するな。これを使わねば龍には勝てん! 限界など関係ない。わらわはわらわの意志で一歩前へ進むのじゃ!」
話が終わったようで、環奈先輩の後ろに浮いている雷玉の二つが彼女の両足へと入る。
すでに両腕に雷玉が入っていたので、合計四つの雷玉が環奈先輩の体に入ったという事になる。
そして、雷玉の宿った両腕両足から強烈な黄色い雷光が環奈先輩を包み込んだ。
観覧席にいる私たちにも伝わってくる、環奈先輩の本気。
これでも環奈先輩のポンテンシャルを半分しか発揮していないのだから、すごいと思う。
轟音が鳴り、黄色い雷光が爆ぜるように霧散した。
中から現れたのは激しく猛々しい雷を体から迸らせた環奈先輩。
その姿はまさに【雷帝】だった。




