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第20話 『風帝と姉妹』

 二年生の校内戦が終了して数日が経過していた。

 次に控えるのは、私たち一年生の校内戦。この世界で初めて、親友たちと本気の戦いができる。それは本当に楽しみにしている事。


「お兄さん、有名人になったっすよねー」

「そうだねー、葵ちゃんもライバルが増えちゃって大変なんじゃない?」

「そ、それはないと思うわよ? 私たちが兄上の側にいるから、女子生徒は寄ってこないはずよ……」


 ……目下の問題は実は校内戦ではなかったりする。

 兄上が校内戦であれだけのすごい戦いをしたので、エレメンタル・アカデミー中にその存在が知れ渡り、有名人になった。

 元々、環奈先輩の強さは三年生の中でも有名だったので、それに勝った兄上が注目されるのは道理。一年生には私たちの事もあったので、知らない人は皆無となっている。


 言うまでもなく兄上はとても魅力的な人だ。だから、兄上に告白する人が急激に増えた。

 私たちがいつも側にいるので、そこまで多くはない。それでも、ゼロではない。

 ありえないとは思いつつも、私は不安になっているのよね。


「確かにそうなんだけどねー。というより、私たちがいるためにすでに新たな問題へと状況がシフトしているんだよねー」

「新たな問題?」


 桃花が言う新たな問題とは一体何だろう……


「うん。まず、お兄様が年下好きなんじゃないかって話。ほら、お兄様が私たちを(はべ)らせているって噂があったでしょ」


 私は首を縦に振る。桃花の言う通り、傍から見れば私たちは兄上に侍っているように見えるのだろう。主に嫉妬という名の曇りによって。

 正直に言うと、兄上は年下好きでもなければ、いわゆるロリコンというものでもない。

 どちらかというと、同年代が好きなのだと思う。兄上が愛している二人の女性も同年代の方だから。

 私はもっと積極的にいった方がいいかもしれないわね。と言っても、焦りは禁物。


「で、侍らせているって事は私たち全員を受け入れているって事でしょ? お兄様は特定の女を求めているというよりは単純に女を求めている、と思われている訳。つまり、恋人というアプローチではなく、愛人としてアプローチする人が増え始めているって事」

「それって……兄上に色仕掛けをするような人が出てくるという事?」

「ざっくり言っちゃうとそういう事かな。告白のような感じではなく、もっと積極的に自分の事をアピールしようとする人が増えそうって話」


 それは厄介ね……。愛人……かどうかはともかく、兄上の側にいられればそれでいいと思う人は少なくなさそう。

 そうなると……はあ…………不安の種ね。

 兄上だって人間だ。誰を好きになるかは分からないもの。可能性はゼロではない所が本当に怖い。


「やっぱり、モテモテっすねー、【風帝】様は」


 望海が頭の後ろに両手を組みながら、揶揄(やゆ)するように言う。

 【風帝】というのは、兄上が事象系練気“風”に目覚めた事と【雷帝】の二つ名を持つ環奈先輩に勝った事からそう呼ばれるようになった。

 後に【二帝】とも言われる二人ね。

 そう言えば、兄上は二つ名をもらえて喜んでいたかな。

 

「【風帝】ってカッコいい二つ名だよね」

「兄さんにぴったりの二つ名だとは思う。すでに兄さんは風の扱いにも慣れているからね。昨日兄さんの練習相手を務めたけど、全く歯が立たなかった」

「お兄ちゃん、ほんと敵なしって感じだよね」


 薫流(くゆる)が感心しながら言うように、兄上は風を得た事でさらに強くなった。これで私の知っている兄上に近付いた。

 それはつまり、また距離を離されてしまった事を意味する。私としては、目標は高ければ高い程良いと思う。

 こういう事はポジティブに考えていかないとね。


「あ、『かぜ』と言えば……今日は彩矢が休みよね」


 何となく風と風邪が合致して、彩矢の事を思い出す。

 望海のように元気の良さが取り柄の一つだから、彼女が学校を休んだ事は私だけでなくクラス中が驚いたのよね。

 さらに、彩矢は連絡もなしに無断で休んでいるから、本当に珍しい。クラスメイトたちは風邪ではないか、って話していたわね。


「そうだね。彩矢は学校を無断で休むような人じゃないと思うけど、何かあったのかな?」

「もしかして『半神隠し』とか?」


 薫流の『何か』という言葉に、朱莉と同じように私も『半神隠し』を想像してしまった。

 まさか……という思いと、もしかすると……という思いがある。

 もし、『半神隠し』であるならば、一日で戻ってくるという話だから気にしても仕方ないわね。


「でも、皆が言う通り、風邪の可能性も否定できないわ。最近の彩矢はかなり頑張っていたもの」

「そうだね。最近、無理しているように感じていたから、葵ちゃんの考えは間違ってないかもね」


 朱莉も私と同意見のようね。やはり、彼女は誰かを意識して無理をしていたのだと思う。

 でも、この時期の彩矢について、私は全く気を配っていなかったから、それが誰なのか分からないのよね。

 また会った時に改めて話してみようかしら。私なら多少なりとも彼女の手助けができると思うから。



***



 放課後すぐに私たちは食堂に直行し、テラス席の一つに陣取った。


「あー、今日も疲れたっすねー」

「うーん、授業が始まってから一ヵ月だもんねー。いわゆる五月病って奴かなー」

「きっとそれっすよー……」


 ぺたーと、テラス席のテーブルに体を乗せる望海。

 朱莉の言う通り、この時期はちょっとした飽きが来る時期よね。五月病なんて、良く言ったものね。

 

「でも、もうすぐだね、校内戦。へへ、私、何だか楽しみになってきたんだよね」


 桃花が犬歯を見せて笑う。さあーっと風が吹き、彼女の桃色の髪を揺らした。

 それは私たちへの挑戦状のようなもの。その事に私たち全員が気が付いた。


「そうね、明日は皆と本気で戦いたいかな」

「葵ちゃん! 私、負けるつもりはないからね!」

「ええ、もちろん、楽しみにしているわ」


 真っ先に朱莉が私に食らいついてくる。

 うん、良い傾向だと思う。朱莉が自発的に私に並ぼうとしている。

 今の時期では考えられない事だものね。だから、口角が大きく吊り上がってしまう。


「うちだって、負けるつもりはないっすよー」

「私自身この一ヵ月、今までにない程充実していたと思う。だから、私も皆に勝ちたい」


 薫流、望海、二人からの宣言。どちらもやる気十分。

 この一ヵ月、私も多くの事を学んだと思う。色々と知っているゆえに気付かされる事もある。

 何より兄上との二人きりの鍛練は自分の力に繋がったと思う。


「もちろん、私だって皆に負けないように頑張るからね! ところでさ、皆で目標決めない?」

「目標?」

「うん、私たちは競い合う好敵手(ライバル)だけど、同時に仲間(友だち)でもあるからね。校内戦で一緒に頑張れる目標があるといいかなって」

「いいっすね、それ!」


「私も良いと思うよー。一つの明確な何かがあるといいんじゃないかな」

「私も賛成かな。漫然と戦いに臨むより目的意識があるのは悪い事じゃないと思う」

「それで? 朱莉はどういう目標にするか決めているっすか?」

「実はまだ考えてないんだよねー」


「私もぱっとは出てこないなー。葵は何かある?」

「そうね。なら、校内戦上位を私たちで総取りするのはどうかしら?」

「「「「おおー」」」」

「私たちは五人だから、準決勝には私たちの中から四人しか上がれない。ただ、組み合わせ次第の部分もあるので、上位の総取りは難しいかもしれない。でも、これなら、モチベーションにも繋がるかなって思う」


 なぜか全員から拍手を受ける。前回の校内戦を参考にしてだけで、私の考えではなかったりする。

 それでも、皆が喜んでくれているようで何よりね。ただ、同じ組み合わせになるかは分からないけれど。


「――あ、あの!」

「何か用っすか? って、彩矢じゃないっすか! 今日はどうしたんすか? 何の連絡もなくて皆心配していたっすよ!」


 女の子の声が聞こえ、真っ先に反応した望海が驚きの声を上げたので、私たちも声の主の方へと向く。

 そこには、緑髪のミディアムヘアーで前髪を左に流している少女が立っていた。

 皆が口々に彼女を心配する言葉をかけるけれど、彼女はどこか困惑したような表情を見せている。

 まあ、それもそうよね。


「待って皆、彼女は彩矢じゃないわ」

「「「「え?」」」」


 四人だけではなく、声は漏らさなかったものの緑髪の少女も大きく目を見開いている。


「貴方は風祭真矢(まや)で、間違いないかしら?」

「う、うん。良く、分かったね。彩矢から聞いていた?」

「まあ、そんな所かしら」


 本当は知っていただけ。でも、ここで言う必要もないわね。


「えっと、つまり双子って事?」

「うん。改めて、私は風祭真矢、彩矢は私の双子の姉。風祭と呼ばれると、見分けがつかないので、真矢と呼んでくれると嬉しいかな」


 双子、という言葉に四人とも興味深そうな顔をしている。

 ちなみに、二人の見分け方は然程(さほど)難しくはない。彩矢が右に前髪を流し、真矢は左に前髪を流している。

 さらに言えば、性格も全く違う。目の前に立っている少女は、物静かな印象を受ける。活発なイメージがある彩矢とは違うね。


「風祭真矢……思い出した。隣クラスに成績優秀な女子生徒がいるって聞いた事がある。貴方だったのね」


 薫流がぽん、と両手を叩いて言った。成績優秀、ね……そういう事か。

 ますます私と似ているのね、彩矢。


「それで、その双子の妹の真矢が私たちに何か用なの?」


 桃花が真矢に尋ねる。そう言われてみると、何か用事がなければ他クラスの生徒に話しかけたりはしないわね。友達なら話は別だけれど、真矢とは初対面だからね。


「そうだった。彩矢がどこにいるか知らない、かな?」

「今日は学校を休んでいるから知らないけど、何かあったの?」


「学校に来てなかったんだ……実は昨日、私の部屋で彩矢とケンカしちゃって、そのまま彩矢は部屋を飛び出したの。私も気まずかったから、その日はもう話していない。だから、今日の朝、彩矢の部屋に行って仲直りをしようと思ったんだけどいなくて、てっきり朝早く学校に行ったのかと思ったんだ。それで、放課後、教室をのぞいてみたんだけどいなかったから……」

「それで私たちの所に来たって事?」

「うん。貴方たちは彩矢とも仲良くしているって知ってたし、食堂のテラス席にいる事が多いというのは有名だから」


 真矢の言う通り、私たちは大抵、鍛練をしていない時はここにいる。

 そして、今日も数人の視線に晒されている。告白はほとんどなくなったけれど、気持ちの悪い視線は増えた気がする。

 私たちを物のように見る目、と言えばいいかな。


「でも、貴方たちも知らないとなると……彩矢、本当にどこにいったんだろう。私が彩矢を怒らせるような事を言わなければ……私はただ彩矢に褒めて欲しかっただけなのに……」


 不安な顔を隠せない真矢。でも、彼女がつぶやいた言葉には、彩矢に対する敬意が籠められている。

 ここに来て、『半神隠し』という事が現実味を帯びてきたと思える。

 一日すれば帰ってくるという話だけれど、本当にそうなのだろうか。


「ねえ、葵ちゃん、皆で探してみる?」

「そうね……校内は広いし、探してみると案外いるかもしれないわね。皆もいいかな?」


 朱莉はもちろんの事、薫流、望海、桃花の三人も頷いてくれた。


「ありがとう、皆。それじゃあ、手分けして……」

「――その必要はないよー」


 言いながら現れたのは、緑色のミディアムヘアーで前髪を右に流している少女――風祭彩矢だった。


「彩矢!」

「っと、真矢、どうしたの?」


 真矢が弾かれたように彩矢にタックルしていた。それを優しく受け止める彩矢。


「バカ! 急にいなくなったら心配するじゃない。私のせいでいなくなったと思ったよ……」

「もう、バカだなー。私が真矢を置いていなくなる訳ないじゃん」

「うん……」


 私たちの前で双子姉妹の再会が行われている。真矢は彩矢に甘えるように頭をぐりぐりと押し付けている。真矢はきっと彩矢の事が大好きなのね。

 その優しい空気に私たちはほっとしているけれど、何か違和感がある。

 おそらく、彩矢が普通に真矢と接しているからかもしれない。私の考えが正しければ、彩矢は真矢に対して対抗心を燃やしているはず。

 でも、妹である真矢が甘えてくればこうなるものかもしれないわね。


「彩矢、今までどこにいたの?」

「葵、ちょっと出かけててさ。いやー学校にも連絡するの忘れちゃったんだ」


 片手を頭の後ろに置きながら、あはは、と笑う彩矢。そういう抜けている所も彩矢らしいとは思う。

 とにかく、これで一件落着って所よね。言う程、事件にもなっていないけれどね。

 それからすぐに彩矢と真矢は二人仲良く帰っていった。


「姉妹っていいもんすよねー、薫流」

「そこでどうして私に振るの?」

「だって、お兄さんと兄妹な訳っすから。羨ましいなーっと思ったっす。うちは一人っ子っすからね」

「私も兄さんとは長く会ってなかったから、そういうのは分からないかな……」


 姉妹と兄妹は大分違うと思うのだけれどね。

 それに薫流にその質問をしても期待している答えは返ってこないのよね。


「兄妹かー……」

「あの人の事を考えているの?」

「葵ちゃん……そうだねー。兄妹とはちょっと違うけど、お兄ちゃんとは大違いだなーと思ってさ」


 全くもってその通りだと思う。あの人は私たちより年上のくせに、子ども過ぎる所があるから。

 前回の世界では全く関わりがなかったし、あまり思い出したくない人の一人ね。


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