めんどくさい集会
予想外の話に一瞬戸惑ったものの、主人がそう命じるのなら、やることは決まっている。
ザックはすぐに表情を明るくした。
「分かりました!任せてください!」
「馬鹿おっしゃい!!!」
元気に返事をするザックに被せるように、怒声が飛んできた。
ザックがびくりと肩を揺らす。
声を上げたのは、卓の向こう側に座る一人の老魔女だった。
大きく波打つ灰色の髪に、目元を縁取る濃い化粧。唇には鮮やかな紅を引き、耳や首元には大粒の宝石をこれでもかと飾っている。
明らかにこの場でも古参なのだろう。老いてなお派手で、何より、先ほどからラヴィニアに向ける態度には一切の遠慮がなかった。
「今まで散々なあなあにしてきたくせに、今度は奴隷に全部任せるっていうのかい!」
「そのつもりですが」
「どこまで責任から逃げるつもりだい!」
老魔女が卓を叩く。
「何十年、何百年と、あんたが『そのうちやる』『まだ問題ない』と言うから待ってやってたんだ!それをようやく片付ける気になったかと思えば、奴隷を一人連れてきて全部そいつにやらせるだって!?」
「ええ。そのために彼を連れてきました」
「堂々と言うんじゃないよ!」
再び卓が鳴った。
ザックはニヤけた顔でラヴィニアを見る。
(ラヴィ様、めちゃくちゃ怒られてる)
けれど、当の本人はまるで動じていない。
「そもそも、あれは全部あんたが残したものだろう!自分で作ったものくらい、自分で責任を持って片付けな!」
「私の奴隷に命じて処理させるのですから、私が責任を持って処理することに変わりはないでしょう」
「屁理屈を言うんじゃないよ!」
「屁理屈ではありませんが」
「だいたい!」
老魔女の指が、今度はザックへ向けられた。
「こんなおっさんに、あんたが何百年も放ったらかしてきたものを全部処理できるわけないだろう!」
ザックの顔から、すっとニヤケ面が消えた。
「え、急に俺を刺してくるじゃん。泣きそう」
「なんだい!」
「いや、俺がおっさんなのは認めますけど……」
ザックは老魔女をまじまじと見る。
「まさか、あなたにおっさんって言われるとは思わなくて」
「なんだって?」
「ザック」
「はい。黙ってしゃきっとします」
ザックは口元でチャックを閉めるような仕草をすると、すっと正面へ向き直った。
老魔女のこめかみに、ぴくりと青筋が浮かぶ。
「あんたたち、私に喧嘩売ってるのかい?」
「そのつもりはありませんが」
「ああ、そうかい」
老魔女は低い声で答えると、しばらく二人を睨んでいた。
やがて椅子の背にもたれ、腕を組む。
「なら、まずは私の領土の近くにある術式を、そいつに解いてもらおうじゃない」
ザックが首を傾げる。
「ああ。あんたのご主人様が、ずっと昔に残していったものさ。忘れたとは言わせないよ」
「さすがに覚えていますよ」
「どうだかね!」
老魔女が吐き捨てる。
「あれのせいで、私の魔法が妨害されていい迷惑だよ」
「ですが、術式を置いた当時はあなたの領土ではなかったでしょう」
「今は私の領土だ!」
老魔女は苛立たしげに卓を指先で叩いた。
「あんたがあそこに残した術式のせいで、周辺じゃまともに魔法が安定しないんだ。土地を広げたくても、あれが邪魔で手を出せやしない」
「なるほど」
「なるほどじゃないよ。前から何度も撤去しろと言ってるだろう!」
老魔女は大きく息を吐くと、改めてザックへ目を向けた。
「この男に任せるなら、まずはあれを解いてもらおうじゃないか」
「構いませんよ」
ラヴィニアはあっさりと答えた。
「ザック」
「…………」
「ザック?」
「…………」
返事がない。
ラヴィニアが振り返ると、ザックは正面を向いたまま、口を真一文字に結んでいた。
「何をしているのですか?」
ザックは自分の口元を指さした。
「喋って構いません」
「はい!」
途端に元気な声が返ってくる。
「私の術式を解除してきなさい」
「分かりました!」
何を解除するのかも、どこへ行くのかも、まだろくに分かっていない。
それでも、やるべきことは決まった。
嬉しそうにラヴィニアに笑いかけているザックを、老魔女はじろりと睨む。
その目には、どうせお前なんかにできるものかと、はっきり書いてあった。
◇
集会が終わり、ラヴィニアとともに広間を出ようとしたところで、背後から声が飛んできた。
「お待ちください、ラヴィニア様!」
男の声だった。
ザックが振り返る。
こちらへ大股で歩いてくるのは、背の高い男だった。
日に焼けた肌に、短く整えられた金髪。肩幅は広く、服の上からでも分かるほど胸板が厚い。腰に剣でも下げていれば、そのまま騎士と言われても疑わないような風貌をしている。
「……ラヴィ様」
「なんです?」
「魔女って男もいるんです?」
「いますよ。彼はアレックス。男性の魔女の中では最年少です」
「へぇ!てっきり女の人しかいないのかと」
「魔女に男女は関係ありません」
「へー……」
ザックが感心している間にも、アレックスはずかずかと近づいてくる。
「貴様!」
「はい?」
「どうやってラヴィニア様に取り入った!」
「取り入った?」
「とぼけるな!なぜ貴様のような男がラヴィニア様の奴隷になっている!」
「なぜって言われても……」
ザックは困ったように眉を下げる。
「俺、もともと奴隷になるために主人を探してたんですよ」
「…………は?」
アレックスの勢いが、ぴたりと止まった。
「奴隷になるために主人を探していた?」
「はい」
「…………」
アレックスはしばらくザックを見つめた。
先ほどまであれほど剥き出しだった敵意が、一瞬だけ困惑に塗り替わっている。
「貴様、頭は大丈夫か?」
「めちゃくちゃ正常です」
「……重症だな」
「それで、ラヴィ様ならいい主人になりそうだなぁと思って、奴隷を探してないか聞いてみたんです」
「待て。奴隷の分際でラヴィニア様をラヴィ様と呼んでいるのか!」
「はい。ラヴィ様がそう呼べって言ったので」
悔しそうに顔を赤くし、奥歯を噛み締めるアレックスを前に、ザックは露骨に面倒くさそうな顔をした。
「それで?」
「そのときは普通に断られましたよ」
「当然だ!」
「でも、そのあと少し話してたら、ラヴィ様から『私のところに来ますか?』って」
「なっ!?ラヴィニア様から!?」
「はい」
「貴様を奴隷にすると!?」
「そうです」
「…………」
今度こそ、アレックスは言葉を失った。
アレックスは信じられないものを見るようにラヴィニアへ目を向けた。
ラヴィニアは特に否定することもなく、静かに立っている。
「なので、取り入ったって言われても……。俺、別に何もしてないんですよね」
「もういいでしょう」
ラヴィニアがあっさりと話を切った。
「ザック、帰りますよ」
「はい!」
「ま、待ってください、ラヴィニア様!」
なおも呼び止めようとするアレックスを置いて、ラヴィニアはさっさと歩き出す。
ザックもすぐにその後を追い、少し後ろを歩く。
「ラヴィ様」
「なんです?」
「あの人、絶対ラヴィ様のこと好きですよね」
「そんなことはどうでもいいです」
「どうでもいいんだ」
「夜はやはり肉料理にしましょう」
「急に夕飯の話になった」
「先ほどは魚と言いましたが、気が変わりました」
「では美味しいの作りますね」
そんなやり取りをしながら遠ざかっていく二人の背中を、アレックスは引き留めようとした手を力なく下ろし、名残惜しそうに見送っていた。
◇
今回ザックが処理するのは、数百年前、魔物との領地争いのためにラヴィニアが地中に設置した防衛術式だった。
要は地雷である。
正規の停止にはラヴィニア本人の魔力が必要になる。それ以外の者が無理に術式へ干渉すれば、防御機能が作動して爆発する仕組みだ。
これでは、いくら魔術に長けたあの老魔女でも手を焼くはずだ。
そして、魔女でもないザックに、この術式を解析して解除できるとはラヴィニアも最初から思っていない。
だから、彼女がザックに出した指示は至って簡単だった。
——直接踏んで、起動させろ。




