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8/12

召使いじゃないよ、奴隷だよ

 先に昼食を食べ終えたラヴィニアは口元を拭き、カップに手を伸ばした。


「そういえば、森の奥にいる魔獣の気配には気づいていましたよね」


「はい。前に外を案内してもらったときから」


「近づかなかったのですか?」


「近づいてませんよ。怖いですし」


 ザックはあっさりと答え、残りの肉を頬張る。


「では、私がその魔獣を狩れと命じたら、狩れますか?」


「はい」


 あまりにも即答だった。


 当のザックは、何事もなかったように食事を続けている。


「……意外ですね」


「何がです?」


「怖いのでしょう? それなのに、随分と迷いがないのですね」


「ああ。実際に狩れるかどうかは置いといて、ラヴィ様からの命令なので」


 きっぱりと言い切ると、ザックは少しだけ口元を緩めた。


「まあ、ラヴィ様は俺の実力をちゃんと知ってからじゃないと、そんな命令しないって分かってますからね〜」


「……本当に、奴隷になりたいと言う割には抜け目がないですね」


「そりゃあ、人生預ける相手ですからね」


 ザックはぱっと明るい笑顔を浮かべる。ラヴィニアは呆れたように息を吐いた。


 奴隷になりたいと言いながら、誰でもいいわけではない。


 自分の人生を預ける相手だけは自分で選び、一度選んでしまえば、あとはすべて任せる。


 随分と都合のいい奴隷だった。


 ラヴィニアはカップを置き、明日の予定に思いを巡らせた。


「ザック」


「はい?」


「ちょうど明日、とある集まりに顔を出さなければなりません。あなたも連れて行くことに決めました」


「はい!」


 即座に返事をしたザックは、明らかにわくわくしている。


「遊びに行くわけではありませんよ」


「分かってますよ。でも、何しに行くんですか?」


「少々、面倒な話をしに」


「おお……」


「なぜそこで目を輝かせるのですか」


「一般人的には、魔女様の面倒ごとに少々興味がありますね」


「つまらない話ですよ」


「へぇ~」


 なぜか、さらに興味をそそられたらしい。


 ラヴィニアは呆れながらも、小さく笑った。


 あの集まりにザックを連れていけば、今後この男に任せようとしている仕事についても話を進められるだろう。


「明日は朝から出ます。寝坊しないように」


「はい!」


「それから、出かける前にこちらで用意した正装に着替えてください」


「分かりました!」


 ◇


 翌朝。


 ザックは自室の姿見の前に立ち、しげしげと自分の姿を眺めていた。


 ラヴィニアから渡されたのは、黒を基調とした一揃いの服。身体に沿う上着に同色の細身のズボン。襟元や袖口には控えめな銀糸の装飾が施され、留め具も銀で統一されている。


 華美ではないが、仕立てがいいことはザックにも分かった。何より、普段ラヴィニアが身につけている服と、どことなく雰囲気が似ている。


 服を渡された際に髪も整えるよう言われたため、いつも好き勝手に跳ねている黒髪も、今日はそれなりにまとまっていた。


 ザックは鏡の前で右を向き、今度は左を向く。襟元を軽く直してから、もう一度正面を向いた。


「…………」


 見慣れない。けれど、悪くない。


「小綺麗な奴隷だ……」


「何をしているのですか?」


「うわっ!」


 突然背後から声をかけられ、ザックは振り返った。


 開いた扉の向こうに、ラヴィニアが立っている。


「いや、自分で言うのもなんですけど」


 ザックはもう一度鏡へ顔を向けた。


「今日の俺、奴隷というより召使いに見えるなぁと思って」


「今のところ、やっていることは大して変わらないでしょう」


「それもそうですね」


 そこは否定できない。


「準備ができたのなら行きますよ」


「はい!」


 行き先も、集まる者たちのことも、自分が何をするのかも知らない。それなのに、ザックには不安そうな様子が微塵もなかった。


 ラヴィニアが踵を返すと、すぐにその後を追っていく。


 ◇


 辿り着いた先にあったのは、断崖の上に建つ巨大な城だった。


 切り立った崖は遥か下まで続き、その先には深い谷が広がっている。周囲には町どころか、まともな道すら見当たらない。


 そんな場所に、灰色の石で造られた古い城がそびえ立っていた。


「ほえー……でっかいですねぇ」


 ザックは首を反らして城を見上げる。


「今と違い、古い時代の城は大きければいいという考えでしたから」


「随分と見栄っ張りなんですね。それで、ここで集まりがあるんです?」


「ええ」


 ラヴィニアは慣れた足取りで城へ向かい、ザックもその後ろについていった。


 城内に入ると、天井の高い広間から長い廊下が伸びていた。壁には等間隔に魔法の灯りが浮かび、二人が進むのに合わせて淡い光を灯していく。


「今日行われるのは、魔女の定期集会です」


「定期集会って何するんですか?」


「魔女協会に属する者たちが、個人では処理できない問題や、魔術に関する重要な案件について話し合うのです」


「魔女って意外と組織的なんですね」


「ええ。野放しにしていると好き勝手しますから。まあ、私もその一人ですが」


「ラヴィ様もかい!」


「ええ。だからこそ、最低限の取り決めや、魔女同士で話し合う場が必要なのです」


「なるほど」


 ザックは感心したように頷きながら、ラヴィニアの少し後ろを歩く。


「それで、俺は何をすれば?」


「今は私についてきていればいいですよ」


「分かりました!」


 やるべきことが分かれば、それ以上聞くことはない。


 やがて廊下の先に、大きな両開きの扉が見えてきた。


「この先です」


「はい!」


 ラヴィニアが扉を開く。


 その向こうには、すでに何人もの魔女たちが集まっていた。


 ラヴィニアが姿を現した瞬間、室内の視線が彼女へ集まり、すぐ後ろを歩くザックへと移る。


「……誰?」


「男?」


「ラヴィニアが連れてきたの?」


 小さなざわめきが広がった。


 ザックは少し困ったように眉を下げる。


(見られてるなぁ。ものすごく見られてる)


 しかも、見ているのは美人なお姉さんたちばかりだ。


(残念ながら、もう俺はラヴィ様のものになってしまった。美女たちよ、ごめん)


 なんとなく右へ目を向けると、一人の魔女と目が合った。相手は気まずそうに視線を逸らす。


 今度は反対側。こちらも目が合うなり、露骨に顔を背けられた。


「ザック」


「はい?」


「きょろきょろしない。しゃきっとして、前を見ていなさい」


「あ、はい」


 言われたとおり背筋を伸ばし、正面を向く。


 ラヴィニアはそのまま、用意されていた席へ向かった。


 円形に並べられた大きな卓には、すでに十数人の魔女が席についている。ラヴィニアが腰を下ろすと、ザックはその斜め後ろに立った。


 周囲からの視線は相変わらず感じるが、前を見ていろと言われたので気にしないことにした。


 やがて鐘の音が鳴り響き、集会が始まった。


 各地で確認された魔術災害について。管理下に置かれている危険な魔導具について。新たに発見された古い術式について。


 聞いたことのない地名や魔術の名前が次々と飛び交い、ザックには半分も理解できなかった。


 それでも退屈そうな顔はせず、ラヴィニアの後ろで大人しく話を聞いている。


 いくつかの議題が終わったところで、進行役の魔女が一枚の書類を手に取った。


「では、次の議題に移ります」


 その声を聞いた何人かの魔女が、妙に疲れた顔をする。


「ラヴィニア」


「はい」


「あなたが各地に残している研究施設、魔導具及び術式についてです」


 ザックは僅かに目を動かした。


(お、ラヴィ様の話だ)


「以前から何度も申し上げていますが、いい加減、すべて確認していただけませんか?」


「確認ですか」


「そうです。先日も、あなたが過去に使用していた研究施設のひとつで、結界の劣化が確認されました」


「ああ、あそこですか」


「心当たりがあるのなら、なおさら放置しないでください」


「百五十年ほど前に確認した際には、特に問題ありませんでしたが」


「百五十年前を最近のことのように言わないでください」


 ぴしゃりと言われ、ラヴィニアは口を閉じた。


 ザックは無言のまま前を向いている。だが、その口元は少し緩んでいた。


(ラヴィ様、怒られてるなぁ)


「結界だけの問題ではありません。あなたが残した魔導具や術式の中には、現在では扱える者がほとんどいないものもあります。このまま放置されては、こちらも管理のしようがありません」


「そうですね」


「分かっているのでしたら……」


「その件につきまして」


 ラヴィニアが静かに言葉を遮る。


 進行役の魔女が口を閉じ、周囲の視線がラヴィニアへ集まった。


 彼女はいつもと変わらない落ち着いた表情で告げる。


「これからは、私の奴隷であるザックがすべて処理します」


「…………」


 室内が静まり返った。


「…………え?」


 沈黙の中、ザックの声だけがぽつりと落ちる。


 斜め後ろでしゃきっと立っていた彼も、さすがにラヴィニアを見た。


 そして次の瞬間。


「「「え!?」」」


 室内のあちこちから声が上がった。


「奴隷!?」


「その男が!?」


「全部!?」


「ちょっと待って、いつ奴隷なんて持ったの!?」


 一斉に向けられた視線に、ザックは僅かに身体を引いた。


(いやいやいや、俺もびっくりなんだが)


「ラヴィ様」


「なんです?」


「俺、初耳です」


「ええ」


 それが何か、と言わんばかりの表情だった。


 ザックは少しだけ考える。


(なるほど。俺が今日ここへ連れてこられたのは、そういうことか)


 どうやら、これから任される仕事は思っていたよりも多そうだ。

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