はじめてのお仕事頑張る
ラヴィニアがザックを奴隷として迎え入れたのは、何も気まぐれだけが理由ではなかった。
もちろん、面白そうな男だと思ったのは事実だ。
自ら奴隷になりたがり、その理由を尋ねれば、自分で物事を決めるのが面倒だからだと言う。最初はネジの外れた男かと思った。
だが、話してみれば受け答えはしっかりしている。
第三王子の護衛を任されるだけの実力があり、短いやり取りだけでラヴィニア自身の性格まである程度見抜いてみせた。
何より、自分で物事を決めるのは嫌がるくせに、命じられたことをこなすのは苦ではないらしい。
(使い勝手がよさそうですね)
ちょうどラヴィニアにも、人手を必要とする事情があった。
もっとも、その事情を今すぐザックに話すつもりはない。
まずはしばらく手元に置き、本当に使える男なのか見極めればいい。
使えなければ、そのときに考える。
今のラヴィニアにとって、ザックは少し変わっていて、思ったより使い道のありそうな奴隷にすぎなかった。
◇
翌朝。
ザックは上機嫌だった。
「ふんふふーん」
鼻歌を歌いながら、出来上がった料理を次々と食卓へ運んでいく。
香草と刻んだ野菜を混ぜてふっくらと焼いたオムレツに、表面をこんがり焼いたソーセージ。付け合わせにはバターで軽く炒めた野菜を添え、籠には温めたパンを盛ってある。
鍋では、細かく切った根菜と燻製肉を煮込んだスープが、ほのかに湯気を立てていた。
最後に切り分けた果物と飲み物を用意すれば、朝食の完成である。
「よし」
ザックは腰に手を当て、満足げに食卓を見渡した。
(我ながら上出来だ!)
「美味しそうですね」
「おわっ!」
突然背後から声をかけられ、ザックは振り返った。
「ラヴィニア様! おはようございます!」
「おはようございます」
いつの間にか起きてきたらしいラヴィニアが、食卓に並んだ料理を興味深そうに眺めている。
「料理もちゃんと作れるのですね」
「作れますよ!」
「それはよかったです」
ラヴィニアはどこか安心したように言った。
「実は昨日、あなたに食事を用意するよう命じてから気づいたのです。料理ができるかどうか、確認していなかったな、と」
「できなかったらどうするつもりだったんですか?」
「そのときは、一から覚えてもらえばいいかと思っていました」
「なるほど」
(ずいぶん行き当たりばったりなご主人様だなぁ)
「でも、これだけ作れるのでしたら、その必要もなさそうですね」
「まあ、一通りは」
「どこかで習ったのですか?」
「いや、子供の頃に母親から『暇なら手伝え』って言われてたんですよ」
「お母様に?」
「はい。最初は野菜切れとか、鍋見とけとか、これ混ぜろとか。そのうち『今日はお前が作れ』って言われるようになって」
「それで覚えたのですね」
「そうですね。言われたからやってただけですけど」
ラヴィニアがじっとザックを見つめる。
「何です?」
「いえ。あなたは昔からそうだったのですね」
「何がです?」
「人に言われたことは、きちんとやるところです」
「ああ」
ザックは少し考えてから頷いた。
「言われたことをきちんとやらないと、そのうち何も言ってもらえなくなりますから」
「なるほど」
ラヴィニアは小さく笑った。
「では、いただきましょうか」
「はい!」
ラヴィニアが席につき、スープをひと口飲む。
ザックはその向かいに立ったまま、じっと様子を見ていた。
「……美味しいですね」
「ほんとですか!」
「ええ。味付けもちょうどいいです」
「よかったぁ!」
主人から任された最初の仕事を褒められ、ザックの顔がぱっと明るくなる。
ラヴィニアはもうひと口スープを飲むと、ふとザックを見上げた。
「ところで、あなたは食べないのですか?」
「食べますよ?」
「では、なぜ立っているのです?」
「どこで食べればいいのかなって」
「……そこに座ればいいでしょう」
ラヴィニアが向かいの椅子を示す。
「ここですか?」
「ええ」
「ラヴィニア様と同じ食卓で?」
「何か問題でも?」
「いや、俺、奴隷なんで」
「知っています」
「ご主人様と同じところで食べていいものなのかな、と」
奴隷になったのは昨日が初めてなので、ザックにもそのあたりの作法はよく分からない。
ラヴィニアは不思議そうにザックを見ていたが、やがて何でもないことのように言った。
「私は気にしません。食事はその席で一緒に食べなさい」
「分かりました!」
主人がそう言うのなら、それでいい。
ザックは嬉々として向かいの椅子に腰を下ろし、自分で作った朝食を口に運んだ。
「昼食も期待しています」
「任せてください!」
ラヴィニアは嬉しそうに返事をするザックを眺めながら、オムレツをひと口食べた。
「そういえば」
「はい?」
「私の名前を、きちんと言っていませんでしたね」
ザックは少し首を傾げた。
「ラヴィニア様ですよね?」
「それは名前だけです。正式には、ラヴィニア・アステリア・ヴァルセインといいます」
「ラヴィニア・アステリア・ヴァルセイン……様」
ザックは忘れないように、その名前を一度口に出して繰り返した。
「じゃあ、これからはラヴィニア・アステリア・ヴァルセイン様って呼べばいいですか?」
「フルネームで主人を呼ぶ奴隷を見たことがありますか?」
「一度もないです」
「では、私のことはラヴィと呼んでください。特別待遇です」
「ラヴィ、さま」
ザックは口の中で転がすように呼んでみた。確かに短くて呼びやすい。
「ラヴィ様!」
「はい」
ラヴィニアはそれだけ返すと、何事もなかったようにスープへ手を伸ばした。
「あの、ラヴィ様」
「なんです?」
「昼食までは、まだ時間がありますよね」
「そうですね」
「それまで、俺は何をしていればいいですか?」
「好きにしていて構いませんよ」
「できれば、何か指示をいただけると助かります。何をするか考えないといけないので」
予想どおりの答えだった。
ラヴィニアは小さく息を吐き、少し考える。
この男について、分かっていることはまだ多くない。今後、自分の奴隷として使うのなら、どこまで仕事を任せられるのか、早めに見極めておきたい。
「では、昼食のリクエストをします」
「リクエスト、ですか?」
ザックは首を傾げた。
「何をご所望ですか」
「そうですね……肉料理が食べたいです」
「肉ですね。分かりました!」
「ただし、今、食料庫に肉はありません。ですから、このあと獲ってきてください」
ザックが一度だけ瞬きをした。
「どこからです?」
「屋敷を囲んでいる森へ、特別に立ち入りを許可しましょう。その森の獣なら、好きなものを狩ってきて構いません。獲物の種類も調理方法も任せます。昼食に間に合うように戻ってきてください」
「はい!」
ザックは嬉しそうに返事をした。
ラヴィニアはあえて細かな指示を出さなかった。
大まかな命令だけで適切な判断を下せるのか。与えられた仕事をどれほど手際よくこなし、指定した条件をきちんと守れるのか。
今回の命令なら、そのあたりをまとめて確かめられるだろう。
「では、お願いします」
「新鮮なの獲ってきますからね〜!」
ラヴィニアが食事を終えると、ザックは足取り軽く食器を片付けに台所へ向かった。
彼女はその背中を静かに見送った。
◇
食器を片付け終えたザックは、昼食の調達に必要なものを揃えると屋敷を出た。
目の前には青々とした草原。その向こうに、目的の森が広がっている。
風が草を撫でていく。天気もよく、昼飯の調達にはちょうどいい日だ。
「何がいるのかなぁ」
ラヴィニアから与えられた命令は、森で獲物を狩り、昼食に肉料理を用意すること。
獲物の種類も調理方法も任されているが、昼食には間に合わせなければならない。
やるべきことは決まっている。ならば、あとは森を見てから考えればいい。
しばらく草原を歩き、森の手前まで来たところで、ザックは足を止めた。
「……やっぱいるなぁ」
木々の向こうへ目を向ける。
昨日、ラヴィニアの案内で屋敷の外へ出たときにも感じた気配だ。森の奥、かなり離れた場所にいるはずなのに、その存在がはっきりと分かる。
強い。それも、そこらの魔獣とは比べものにならないほどに。
まともな人間なら、この気配を感じただけで森へ入るのを躊躇するだろう。
「怖いし、近寄らんどこ」
そう呟くと、ザックは気配のする方角を避けて森へ足を踏み入れた。
木々の間を進みながら、周囲へ視線を巡らせる。森の中は思っていたより静かで、聞こえるのは葉の擦れる音と、遠くから響く鳥の声くらいだった。
湿った土には、いくつもの足跡が残されている。
「んー、これは小さいな」
ザックはしゃがみ込み、指先で足跡の縁を軽くなぞった。
「しかも古い」
再び歩き出し、折れた枝や剥がれた樹皮、食い荒らされた木の実など、獣が残した痕跡を拾っていく。
やがて、大きな蹄の跡を見つけた。
「お」
かなり大きいうえに新しい。近くの木には泥が擦りつけられ、少し先の地面も鼻先で掘り返したように荒れている。
「猪っぽいな」
これなら肉も多そうだ。
「よぉし。今日の昼飯はお前にしよう」
獲物を決めると、ザックはその痕跡を追った。




