五人目の主人候補
その後も、第三王子の挨拶回りは続いた。当然、ザックも護衛としてその後ろについていく。
やがて、残る招待客もあとわずかとなった頃。
「次は……」
第三王子が案内役に促され、会場の奥へと向かう。
その途中、ふと足を緩め、ザックを振り返った。
「ザック。次に挨拶する方には、くれぐれも失礼のないように」
「はい?」
「これから挨拶するのは、この場にいる魔女の中でも最古参の方なんだ。王国が今の形になる以前から名を知られている方らしいよ」
「へぇ〜。魔女って長生きなんですね」
「その方だけだよ……分かっていると思うけど、本人の前で年齢の話はしちゃダメだからね」
「女性に年齢の話はご法度なことくらい知ってますよ」
第三王子は不安そうな顔をしたまま、再び歩き出した。
その先に、一人の若い女がいた。服装からして、おそらく魔女だろう。
見た目だけなら、先ほどの話がにわかには信じられないほど若い。
第三王子がその女の前へ歩み寄り、笑顔を浮かべる。
「ラヴィニア様」
名前を呼ばれたその魔女が、ゆっくりとこちらを振り向く。
長い白髪がさらりと肩を流れ、窓から差し込む光を受けて淡く艶めく。見る角度によって、真珠のような色合いを帯びていた。
その顔を見た瞬間、ザックは思わず目を奪われる。
今日ここで何人もの魔女を見てきたが、その中でもひときわ美しい。
けれど、目を引くのは容姿だけではない。立ち姿にも、第三王子へ向ける視線にも、妙な余裕がある。
ラヴィニアは第三王子の姿を認めると、柔らかく目を細めた。
「お久しぶりです、殿下。しばらくお見かけしないうちに、ずいぶん大きくなられましたね」
「はい。もう八歳になりました」
「まあ、もうそんなに」
ラヴィニアは少し驚いたように目を丸くしてから、第三王子を改めて眺める。
「最後にお会いしたときは、まだこんなに小さかったのに」
そう言って、自分の腰ほどの高さに手をやった。
「そんなに小さくありませんでしたよ」
「そうでした?」
「たぶん……」
言い切ったものの自信はなかったらしく、第三王子の声が少しずつ小さくなる。
その様子がおかしかったのか、ラヴィニアがくすりと笑った。
第三王子は少し頬を赤らめながらも、王族らしく姿勢を正す。
「ラヴィニア様は……相変わらずお綺麗で」
「あら」
今度はラヴィニアが目を丸くした。
「そんなことまで言えるようになったんですか?」
「父上が、女性にはきちんとお伝えした方がいいと」
「ふふ。陛下らしいですね。ありがとうございます」
第三王子は照れくさそうに笑った。
そんな二人のやり取りを、ザックはすぐ後ろから眺めていた。
(いいな、この人。奴隷、欲しくないかな)
「…………」
ふと、ラヴィニアの視線がザックへ向いた。
目が合う。
ラヴィニアはそのまま、ザックをじっと見つめた。顔を見て、身体へ視線を落とし、また顔へ戻す。
ザックの胸に、淡い期待が芽生えた。
(来た。これは来たかもしれない)
「殿下」
「はい?」
ラヴィニアはザックを見たまま尋ねた。
「この方は?」
(来た!)
「ああ、今日の僕の護衛です。ザックといいます」
「護衛……」
ラヴィニアが改めてザックを見る。
「初めまして」
「は、初めまして! ザック・ホルトです!」
ザックは姿勢を正した。
好機だ。
「現在、奴隷になるために主人を探しています!」
「…………」
第三王子は、あちゃーと言わんばかりに額へ手を当てた。
(言った。この男、懲りもせずまた言った)
「奴隷……?」
「はい! もしお探しでしたら、ぜひ!」
「探してません」
「そうですか……」
即答され、淡い期待を打ち砕かれたザックは、今日一番深く肩を落とした。
「ザック」
「はい」
「さっき僕が言ったこと、もう忘れたの?」
「覚えてますよ」
「じゃあ、なんで会ったばかりの人の奴隷になろうとしてるの……?」
「ラヴィニア様なら大丈夫そうかと思いまして」
「どこを見て判断したの!?」
第三王子が声を上げると、ザックは先ほどまでの落ち込みなどなかったかのように、けろりと顔を上げた。
「この方、自分が強いって分かってるでしょう」
「え?」
第三王子が瞬いた。
「殿下が相手でも変に媚びないし、だからって偉そうにもしない。たぶん、自分がどのくらいの人間なのか、ちゃんと分かってる人です」
ザックはラヴィニアを見る。
「そういう人は、わざわざ立場の弱い奴に威張って、自分が偉いって確認する必要がないので」
「…………」
「だから主人にするなら、最適だなって」
ラヴィニアは何も答えなかった。ただ、先ほどまでとは少し違う目でザックを見る。
どうやらこの男は、ただの変わり者というわけでもなさそうだ。
「あと、綺麗ですし」
「それも理由なの!?」
「かなり重要です」
第三王子の呆れた声を聞きながら、ラヴィニアはわずかに口元を緩めた。
「ザック、と言いましたね」
「はい」
「ひとつ、聞いても?」
「なんでもお答えします」
ラヴィニアは少しだけ間を置いた。
「なぜ、奴隷になりたいのですか?」
「!」
ザックの顔が、ぱっと明るくなった。
ようやく聞いてくれた、とでも言いたげな顔だ。その隣で、第三王子がなんとも言えない顔をした。
「主人の命令に従っていれば、自分で次に何をするか決めなくて済むのが楽だからです!」
ラヴィニアがわずかに眉を上げる。
「自分で決めることが、それほど嫌なのですか?」
「はい! 面倒です!」
迷いのない返事だった。
「何をするのか、どこへ行くのか、いつまでにやるのか。そういうのを全部決めてもらって、俺は言われた通りにやる。それが合うと思うんです」
「では、命令されたことをするのは苦ではない?」
「全然」
きっぱりと言い切った。
第三王子がそっと目を伏せた。
「なるほど」
ラヴィニアはしばらくザックを見つめた。
「奴隷になりたいと聞いたときは、自分がどうなっても構わないと思っている方なのかと」
「まさか」
ザックはけろりと答えた。
「せっかく奴隷になるなら、幸せな奴隷になりたいですよ」
「…………」
第三王子が今度は遠い目をした。
ラヴィニアは一瞬きょとんとしたあと、小さく笑った。
「ふふ……そうですか」
「はい」
どうやら、この男は自分を粗末にしたいわけではないらしい。
ただ、自分の人生で次に何をすべきか、その答えを出す役目だけを誰かに任せたいのだ。
ずいぶんと変わった望みではあるが、少なくとも、何も考えていないわけではない。
「あなた、思ったより面白い方ですね」
「ありがとうございます!」
ラヴィニアはほんの少し考えるようにザックを眺めた。
「それほど奴隷になりたいのでしたら、私のところに来ますか?」
「……え?」
ザックが固まる。その隣で、第三王子も固まった。
「ええぇぇぇぇ!?」
突然すぐ隣から上がった大声に、第三王子がびくっと肩を跳ねさせた。
「ラヴィニア様、本当ですか!?」
ザックは第三王子には目もくれず、勢いよくラヴィニアへ詰め寄った。
「ええ。本当ですよ」
「俺、奴隷になっていいんですか!?」
「あなたが望むのであれば」
「望みます!」
食い気味だった。
「なります! ぜひ!」
「では、決まりですね」
ラヴィニアはあっさりとそう言って微笑んだ。
奴隷になりたいと思い立ち、主人を探し始めてから四度、ザックは主人候補に断られた。
それが今日、ようやく。
「…………やった」
小さく漏れた声とともに、ザックの口元がゆっくりと持ち上がる。
「やった……! 俺、奴隷になれる……!」
心の底から嬉しそうだった。
そんな三十六歳の男を、第三王子は心配そうな顔で見上げていた。
つい先ほど、自分はこの男に「簡単に奴隷になりたいなんて言ってはダメだ」と諭したはずなのだが、結果だけを見れば、何ひとつ止められていない。
むしろ、目の前で主人が決まった。
「…………大丈夫かな」
ぽつりと呟いた声は、喜びに浸るザックには届かなかった。
ラヴィニアだけがそれを聞き取ったらしく、くすりと笑う。
「大丈夫ですよ、殿下」
「本当ですか?」
「ええ。たぶん」
「たぶん……」
第三王子の顔から、心配の色がさらに濃くなった。
こうして、第三王子の護衛として式典にやって来たはずのザック・ホルトは、その日のうちに主人を見つけた。
この出会いが自分の人生をどこへ連れていくのか、ザックはまだ知らない。
もっとも、これからどこへ行くのかを自分で決めなくていいのなら、彼にとってはそれで十分だった。




