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2/12

護衛より主人を探したい

「ダメでした」


「でしょうね」


 職業紹介所へ戻って報告するなり、受付係は書類から顔すら上げなかった。


「まだ何も説明してないんですけど」


「先ほど、紹介先の方から苦情が来ましたので」


「あ、そうなんですか?」


「ええ。散々生意気な口を利かれた挙げ句、仕事を拒否されたと」


「まだ奴隷じゃなかったんで」


「そういうところですよ……」


 受付係は深いため息をついた。


「今回、結構いいところまでいったんですよ」


「どこまで?」


「契約金払うところまで」


 そこでようやく、受付係が顔を上げる。


「……契約金?」


「金貨十枚」


「騙されかけてるじゃないですか!」


「でも奴隷にしてくれるって」


「奴隷契約の手付金という名目で、奴隷になる側に金銭を要求するのは違反です!」


「え」


「え、じゃありません!」


「そうなんですか?」


「そうなんです!」


「危なかったぁ」


「……はぁ」


 深いため息とともに、受付係は肩を落とす。


「ともかく。お約束どおり、うちから主人候補を紹介するのはこれで終わりです」


「そんなぁ」


「そんな顔してもダメです」


 三十六歳の男が頬を膨らませる姿は、なかなかにグロテスクだった。


「じゃあ俺、これからどうすれば?」


「普通に働いてください。奴隷以外の職なら、いくらでも紹介できます」


「えー」


「諦めなさい!」


 受付係は手元の依頼書を乱暴にめくっていく。


「あなたにちょうどいい仕事があります。短期、報酬高めです」


 一枚の依頼書が、ザックの前へ差し出される。


「護衛です」


「誰の?」


「王族です」


「ふぇ?」

 

 ザックは受付係を見たまま、ぽかんと口を開けた。


 王族。


 聞き間違えようのない言葉だったが、どう考えても自分とは縁のない単語である。


「なんで俺が?」


「護衛ができるからです」


「えぇ?」


 ようやく漏れた声には、困惑しかなかった。


「ここへ登録していただいた際、身体検査を受けてもらったでしょう。それと、経歴やこれまでの職歴、扱える武器なんかも記入していただきましたよね」


「ああ〜……」


「あの記録です」


 受付係はそう言って、机の下から一冊の薄いファイルを取り出した。


 表紙にはザックの名前が書かれている。

 

「うちでは、登録者の適性に応じて、こうした特殊な依頼を紹介することもあるんです。ホルトさんの場合、身体能力も戦闘能力も申し分ありませんし、経歴にも問題はありません。ですから、今回の護衛候補に選ばれたんですよ」


「エリート奴隷になるために書いただけなのに、悪用するなんて」


「失礼な。有効活用です」


 受付係は小さくため息をついてから、手元の書類を一枚めくった。


「それに今、護衛のなり手が少ないんですよ」


「王族なのに?」


「王族だからです」


 ザックが首を傾げる。


「王族の護衛なんて、何かあったときの責任が重すぎるでしょう。報酬はもちろん高いですけど、それ以上に面倒事が多い。礼儀作法にも気を遣うし、行動にも制約がある。失敗したときに『すみませんでした』じゃ済みませんからね」


「まあ、そうですねぇ」


「腕の立つ人ほど、もっと気楽で稼げる仕事を選びます。魔獣討伐なり、商隊護衛なり、冒険者として好きに働くなり。わざわざ王族相手の仕事を受けたがる人は、昔ほど多くないんですよ」


「世知辛いなぁ」


「本当に」


 受付係が真顔で頷いた。


「それで、あなたです」


「…………」


 ザックは深くため息を吐いた。


「いや、でも俺、奴隷になりに来てるんだけど」


「諦めろと何度言わせるんですか」


「一番大事なところなのに」


「報酬はたんまり貰えますよ。あと、これを受けてくれたら、内密に奴隷商会を紹介してあげます」


 もちろん嘘だ。


「やりまーす!」


「軽っ」


「いつからですか?」


「さっきまであんなに嫌そうだったじゃないですか」


「奴隷商会を紹介してくれるんでしょ?」


「あの、護衛の報酬には興味ないんですか……」


「あるある! それはエリート奴隷になるための資金にする」


(さっきから、エリート奴隷ってなんだよ)


 心の中でそう突っ込みつつ、受付係は一枚の案内書をザックへ差し出した。


「では、こちらが今回の依頼についての案内です。詳しい説明は現地で受けてください」


「はーい」


 軽く返事をして、ザックは案内書を折り畳んだ。


 こうして、奴隷になるために主人を探していたはずのザックは、奴隷商会への紹介を条件に、王族の護衛を引き受けることになった。


 ◇


 その日、王都の中央に建つ大講堂では、多くの招待客を集めた式典が開かれていた。


 高い天井からは王国旗と色鮮やかな垂れ幕が下がり、正面に設けられた壇上では、先ほどから長い祝辞が続いている。


 その壇上を眺めながら、ザックは第三王子の斜め後ろに立っていた。


 今日の仕事は、この第三王子の護衛。

 

 式典に出席する第三王子に付き従い、すべての予定を終えて王宮へ戻るまで、その身を守ること。それがザックに与えられた指示だった。


「以上をもちまして、祝辞とさせていただきます」


 壇上から声が響き、会場に拍手が広がる。


 ザックも周囲に合わせて手を叩きながら、会場へ視線を巡らせた。


 今日の式典には、貴族のほかに魔女も何人か招かれている。


 それも当然だろう。この式典は、王国と魔女たちが長年築いてきた友好関係を祝い、今後もその関係を続けていくことを確認するために開かれているものだ。


 そもそも魔女とは、魔法を使える女をひとまとめにそう呼ぶわけではない。


 彼女たちが古くから受け継いできた独自の魔術体系を学び、相応の知識と技術を身につけたうえで、正式に認められた者だけが魔女を名乗ることを許される。

 

 薬学や呪術、結界術をはじめ、彼女たちが得意とする分野は多岐にわたり、その知識や技術は王国にとっても欠かせない。

 

 今では王国の各地に魔女が暮らしており、それぞれの得意分野で活躍している。特別身近な存在ではないが、かといって恐れられているわけでもない。


 世間から見た魔女とは、おおよそそんな存在だった。


 ザックは、そんな魔女たちの姿を会場の端から何気なく眺めていた。


 そして、ひとつ気づいた。


 美人が多い。


 ザックの視線が、すっと右へ動いた。


 金髪の美人。いいな。

 

 少し離れたところには、黒髪の美人。あの人もいい。


 できれば、ああいう綺麗なお姉さんの奴隷になりたい。


 ザックは真面目な顔で、次なる主人候補を物色していた。


 やがて長かった式典も、滞りなく終わりを迎えた。

 

 壇上で最後の挨拶が済むと、それまで静かに席についていた参列者たちも立ち上がり、会場のあちこちで談笑が始まる。


 第三王子も席を立ち、王家の代表として招待客への挨拶を始めた。


「殿下、本日はお越しいただきありがとうございました」


「こちらこそ。とても勉強になりました」


 まだ幼いながらも、そこは王族である。


 第三王子は慣れた様子で言葉を返し、一人、また一人と挨拶を交わしていく。


 ザックはそのすぐ後ろについて歩いた。


 そして、何人目かの魔女と挨拶を交わしていたときだった。


「ところで……」


 話を終えた魔女が、ふとザックへ視線を向けた。


 年の頃は二十代半ばほどに見える、美しい女だった。その目が、ザックの身体を上から下まで眺める。


「あなた……お強いのね」


「!」


 ザックの背筋が伸びた。


 これは、もしや。


「はい!」


「あら、自信があるのね。王宮の専属護衛かしら?」


「違います。今日だけ雇われました」


「なら、冒険者?」


「違います」


「傭兵か何か?」


「違います」


 魔女が不思議そうに首を傾げた。


「じゃあ、普段は何をしているの?」


「奴隷志望の無職です!」


「えっ!?」


 第三王子がものすごい勢いでザックを見上げた。


 一方の魔女は何も言わない。


 ただ、先ほどまで浮かべていた柔らかな笑みが消え、顔が引きつっていた。


「奴隷、いりませんか?」


「いらないわ」


 即答だった。


「そうですか……」


 ザックは目に見えて肩を落とした。


「ザック、奴隷になりたいの!?」


 第三王子は、信じられないものを見るような目でザックを見ている。


「はい」


「なんで!?」


「楽だからです」


「楽……?」


「はい。主人の命令に従っていればいいので、自分で次に何をするか考えなくて済みますから」


「ザック」


「はい」


 第三王子はじっとザックを見上げた。

 

 その顔からは先ほどまでの驚きが消え、代わりにひどく真剣な表情が浮かんでいる。


「そんな理由で、奴隷になりたいなんて簡単に言ってはダメだよ」


「そうですか?」


「そうだよ。主人がみんな優しい人とは限らないんだよ? たくさん働かされたり、ご飯をちゃんともらえなかったり、酷いことをされるかもしれないんだから」


「まぁ、そういう場合もありますね」


「ザックは僕の護衛をできるくらい強いんだろうから、普通に働けるでしょ?」


「働けますけど……」


「じゃあ普通に働いた方がいいよ」


「殿下」


「なに?」


 ザックはどこか遠くを見るように目を細めた。


「殿下も、俺くらいの歳になったら分かりますよ……」


「何が?」


「誰かに全部決めてもらえることのありがたさが」


「僕、そんな大人にはなりたくないな……」


 心底残念そうな顔でそう呟く第三王子をよそに、ザックは何がいけなかったのかと首を傾げていた。


 隣で話を聞いていた魔女は、いつの間にかザックから半歩ほど距離を取っていた。


 物理的にも引いたらしい。

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