ご主人様、募集中です
「——ですから、次の方を紹介してほしいんですけど」
受付係は、目の前に座る男を見つめたまま、しばらく返事ができなかった。
ザック・ホルト。三十六歳。
黒い髪に三白眼。中肉中背というには少し細身で、服装にもこれといった特徴はない。どこにでもいそうな男だった。
少なくとも、数週間前に初めてこの職業紹介所を訪れたときは、そう思っていた。
しかし今は違う。できることなら、もう二度と担当したくない。
この男が紹介所を訪れた目的は、仕事探しではない。自分を奴隷として引き取ってくれる主人を探しているのだ。
そもそも、奴隷の主人を紹介すること自体は、業務として認められている。ただし、あまり印象のよい取引ではないため、紹介所としても積極的に扱いたい案件ではない。
それでも引き受けた以上は、余計な問題を起こさず、さっさと契約を成立させてしまいたいところだった。
それなのに、この男ときたら。
「……ホルトさん」
「はい」
「確認しますけど、今回で三回目ですよね?」
「そうですね」
「紹介したのが、です」
「はい」
「どうして、またここに来ているんですか?」
「それは俺にもわかりません。あの人たちに聞いてください」
ザックは困ったように眉を下げる。
まるで自分に非がないとでも言いたげな顔だ。腹が立つ。
こちらとしては、もう三度も主人候補を紹介しているのだ。それがことごとく失敗に終わり、こうしてまた次の紹介を求められている。
まさか、わざとやっているのではあるまいな。
「なので、四人目をお願いしたいんですけど」
「もう無理です!」
とうとう受付係は声を上げた。周囲の視線が一斉に集まる。
しかしザックは驚きもせず、きょとんとしていた。そして、ふっと軽く笑う。
「またまたぁ~」
「冗談で言っているんじゃありません!」
「え~?」
「そもそもですね! ここは職業を紹介する場所なんです!」
「知ってますよ」
「あなたが探しているのは職業じゃありません!」
「奴隷も仕事みたいなもんじゃないですか?」
「違います!」
即答だった。
ザックは「そうかなぁ」と首を傾げる。
(そうだよ、バカ)
受付係は心の中でそう吐き捨てた。
数週間前。
この男が初めて紹介所を訪れたとき、受付係は何かの冗談だと思った。
衣食住を保証され、日々の仕事も主人が決めてくれる。それが素晴らしいのだと、目を輝かせて語るのだ。
さらには、
『服も決めてもらえると助かります』
などと言い出す始末。
三十六にもなって、そこまで他人に決めてもらいたいものなのか。
改めて思い返しても、やはり気持ち悪い。
「一人目の方、覚えてます?」
「もちろん」
「契約途中で魔力が尽きて、三日寝込んだそうです」
「気合いが足りなかったんでしょう」
(何を言っているんだ、こいつは)
「二人目!」
「なんか吐いてましたね。へへっ」
「重度の魔力欠乏症を発症したんです!」
笑うところではない。
契約に失敗した主人候補からは、当然のように苦情が寄せられた。
紹介所としても、契約の成立しない人間を何度も紹介しているとなれば、信用に関わる。
ただでさえ扱いにくい案件なのだ。これ以上、面倒事を増やさないでほしい。
受付係は机を叩きたい衝動をどうにか堪えた。
「三人目の方なんて、契約術式を発動した時点で辞退したじゃないですか!」
「あの人は早かったなぁ」
「普通は辞退しません! 一体何をしたんですか!」
「な、何もしてないですよ? 流れに身を任せてただけなのに」
そう、ザックは一度たりとも契約に抵抗していない。暴れてもいないし、主人候補を脅してもいない。
むしろ毎回、誰よりも奴隷契約の成立を願っている。
それなのに、契約魔法が通らない。
正確には、この男の身体が、外部から侵入してくる魔力を勝手に弾いてしまうらしい。
契約を成立させるには、その抵抗を上回る魔力を無理やり注ぎ込む必要がある。
当然、先に音を上げるのは主人側だ。
「はぁ……もう諦めません?」
「嫌です」
「即答……」
「俺、結構本気なんで」
知っている。冗談ならどれだけよかったか。
ザックは腕を組んだ。
「条件下げてもいいですよ」
「条件?」
「はい。ベッドは硬くても我慢します」
「奴隷になる人間が寝具の交渉しないでください」
「でも睡眠大事ですよ。仕事の効率落ちますし」
「奴隷としての労働環境を気にする人、初めて見ました。あなた、本当に奴隷になりたいんですか?」
「なりたいですよ」
ザックは真顔だった。
「衣食住を保証してくれて、毎日やること決めてくれるなら、なんでもやります」
「……なんでも?」
「俺にできることなら」
ザックは深く背もたれに身体を預ける。
「そもそも、このまま生きてたら、朝起きて今日何するか考えて。金の残りも考えて。休みの日なんか、一日何するかまで自分で決めないといけないんですよ?」
「みんなそうやって生きてます」
「すごいですよねぇ」
「あなたも三十六年間そうやって生きてきたんでしょう!?」
「だから、もういいかなって」
「人生に疲れたみたいな言い方しないでください!」
「疲れてないですよ」
ザックは笑った。
「考えるのが面倒なだけです」
「なお悪い!」
受付係はとうとう両手で顔を覆った。
早く誰かが主人になってくれれば、こちらとしても厄介な案件を一つ片付けられるのだが。
「……最後ですからね」
指の隙間からそう告げると、ザックの顔がぱっと明るくなった。
「助かります!」
その笑顔だけ見れば感じのいい男なのが、余計に腹立たしい。
「ただし! 四回目もダメだった場合、うちではもうご紹介できません!」
「分かりました! 頑張ります!」
◇
四度目の主人候補は、その日のうちに見つかった。
相手は、王都でいくつもの商店を経営しているという恰幅のいい男だった。
紹介された屋敷を訪ねると、ザックはそのまま応接室へ通される。
ほどなくして姿を現した男は、指にいくつもの宝石を嵌め、見るからに上等な服を身に纏っていた。
向かいの椅子に腰を下ろすなり、品定めでもするかのようにザックを頭の先から足元までじっくり眺める。
「三十六か。奴隷にするには少々歳を食っているな。それに三度も契約に失敗していると聞いた」
「そうなんですよ」
「つまり、欠陥持ちということだ」
「そうなんですかねぇ」
ずいぶんな言われようだが、ザックは特に気にしなかった。
奴隷にしてくれるなら、多少口が悪いくらいどうでもいい。
「まあいい。私は寛大だからな。条件次第では、お前を奴隷として引き取ってやってもいい」
「本当ですか?」
ぱっと表情を明るくしたザックが、身を乗り出す。
「助かります!」
「ただし、契約金を払ってもらう」
「俺が?」
「当然だろう。三度も契約に失敗した男だ。契約術師を用意するにも費用がかかる。金貨十枚だ」
「いいですよ」
あまりにもあっさりとした返事に、男の眉がわずかに上がった。
「……払えるのか?」
「一応」
「随分とあっさりしているな」
「奴隷にしてくれるんですよね?」
「ああ」
「じゃあいいですよ。で、いつ契約します?」
「そう急くな」
男は背もたれへ深く身体を預け、口元を歪めた。
「お前が本当に使える男なのか、まず確かめる必要がある」
「え?」
「裏に倉庫がある。荷が溜まっているから、すべて隣の倉庫へ移せ。そのあとは荷馬車が来る。積み荷を下ろして、店の清掃だ」
「……」
「夜にはまた荷が届く。それも片付けてもらう」
「……」
「分かったなら行け」
「契約は?」
「それを見てからだ」
「…………」
ザックは椅子に座ったまま、ぴくりとも動かなかった。
「どうした?」
「先に契約しないんですか?」
「お前が役に立つと分かってからだ。当然だろう」
「じゃあ嫌です」
「……何?」
男の表情が固まる。
「それ、契約したあとにやる仕事ですよね」
「同じことだ。さっさと行け」
「嫌です」
「お前は奴隷になりたいんだろう?」
「なりたいですよ」
「ならば従え」
「なんで?」
ザックは首を傾げた。
「まだ俺、あなたの奴隷じゃないですよね?」
「だから使えるかどうか試してやると言っている!」
「じゃあ契約して試してくださいよ」
「役立たずを奴隷にするつもりはない」
「なら俺も、主人じゃない人のためにタダ働きするつもりないですよ」
「……奴隷の分際で」
「まだ奴隷じゃないです」
男の眉間に深い皺が刻まれる。それでもザックは気にした様子もなく続けた。
「契約したら何でもやりますよ。倉庫の荷物でも馬車でも、好きなだけ運ばせてください」
「なら今やっても同じだろう!」
「違いますって」
「何が違う!」
「あなた、まだご主人様じゃないじゃないですか」
ザックはさも当然のように言う。
「知らないおじさんにタダで働けって言われて、なんで働かなきゃいけないんですか?」
「誰が知らないおじさんだ!」
「あ」
そこでザックは少し考えた。
「そういえば、名前なんでしたっけ?」
「貴様……!私の奴隷になりたいと言っている男が、主人の名前も覚えていないのか!?」
「まだ主人じゃないんで」
「さっきからそればかりだな!」
「だって、そうじゃないですか」
男の顔がみるみる赤くなっていく。
「もういい!」
「え?」
「貴様のような生意気な奴隷はいらん!」
「いや、奴隷になったら生意気じゃなくなりますよ。俺、従順ですよ!」
「信用できるか!」
「信用もなにも、契約魔法あるじゃないですか!」
「出ていけ!」
「えぇ……」
「今すぐ出ていけ!」
どうやら、これ以上は何を言っても無理らしい。
ザックは心底残念そうに肩を落とし、渋々椅子から立ち上がった。
「先に契約してくれればいいだけの話なのになぁ」
「二度と来るな!」
「はいはい」
そのまま応接室を出ようとして、ふと足を止める。
「ちなみに」
「なんだ!」
「気が変わったら紹介所に連絡してください。金貨十枚もちゃんと払うんで」
「失せろ!!」
背後から怒声を浴びせられながら、ザックは屋敷をあとにした。




