恋バナしてる場合じゃない
遺跡までは、まだ少し距離がある。
ザックは木の陰から顔を覗かせ、周囲を徘徊するゴーレムたちの動きを眺めた。
二十体ほどはいるだろうか。もっとも、そのすべてが入口を塞いでいるわけではない。
遺跡の裏手や離れた場所をうろついているものも多く、こちらの進路に入りそうなのは六体ほどだった。
「……あの辺の奴らが邪魔だな」
ザックはそう言いながら、腰に下げた鞄を漁り始めた。
取り出したのは、手のひらほどの金属板。表面には複雑な紋様が刻まれ、中央には小さな魔石が埋め込まれている。
それを見たアレックスが眉をひそめた。
「それは?」
「ラヴィ様から持たされた魔導具」
「何の魔導具だ」
「地面をへこませるやつ」
「……随分と雑な説明だな」
「そう言われたんだから仕方ないだろ」
ザックはもう一度ゴーレムの配置を確認した。
「じゃ、行ってくる」
「待て。何をするつもりだ」
「邪魔な六体、まとめて落とす」
それだけ言うと、木陰から飛び出した。
真っ先に一体のゴーレムが反応する。
ザックはその目の前を横切り、さらに奥へ。二体目、三体目と近づいては注意を引き、追ってくるのを確認して次へ向かう。
「おーい、こっちこっち」
岩の巨体が次々と動き出し、森に重い足音が響く。
四体、五体。そして最後の一体も、ザックへ身体を向けた。
「よし」
ほかのゴーレムまで反応しないよう進路を調整しながら、六体だけを引き連れて遺跡から離れていく。
その様子を、アレックスは黙って目で追っていた。
やがて十分な距離を取ったところで、ザックが足を止める。
「この辺でいいかな」
迫ってくるゴーレムを振り返り、金属板の中央にある魔石を押し込んだ。
淡い光が灯る。
六体が十分に近づくのを待ってから、金属板を足元へ放り投げた。
「ほい」
次の瞬間、地面を光の線が走った。
六体の足元を囲むように大きな円が描かれ、その内側が一気に陥没する。
轟音と土煙を上げながら、ゴーレムたちがまとめて穴の底へ転がり落ちた。
「おお、すごい威力」
ザックが穴の縁から中を覗き込む。
狭い穴へ一度に落ちたせいで、巨体同士が折り重なり、まともに身動きが取れなくなっていた。
「ちゃんと六体いるな。よし」
金属板を拾い上げ、軽く土を払って鞄へ戻す。
「ほら、入口空いたぞ。行こうぜ」
「…………」
さっさと遺跡へ向かうザックを、アレックスは黙って見つめていた。
必要な個体だけを選び、一ヶ所へ誘導してまとめて動きを封じる。無駄に戦わず、目的地までの道だけを確保した。
判断そのものは悪くない。
だが、アレックスの視線はすぐにザックの腰に下がった鞄へ移った。
今の魔導具を用意したのはラヴィニアだ。
あれほど便利な代物を持たされているなら、魔法の使えない人間でもゴーレムの数体くらいはどうにかできる。
結局、今のはこの男自身の力ではない。
「アレックスー」
「分かっている!」
少し先から呼ばれ、アレックスは眉間に皺を寄せながら後を追った。
◇
遺跡の入口を抜けた途端、外の森に響いていた重い足音が遠のいた。
ザックは足を止め、薄暗い内部を見回す。
崩れかけた石壁には、ところどころ苔や蔦が入り込んでいる。天井にも大きな亀裂が走っていたが、ゴーレムらしき姿はどこにもない。
「……静かだな」
「ああ」
「中にもうじゃうじゃいるのかと思ってた」
「俺もだ」
外にはあれだけいたというのに、中は妙なほど静まり返っている。
ザックは警戒しながら奥へ進んでいたが、しばらく歩いても何も出てこない。
そのうち緊張が解けたのか、隣を歩くアレックスへ顔を向けた。
「そういえばさ」
「なんだ」
「アレックスって歳いくつ?」
「……なぜ今それを聞く」
「気になったから」
「今する話か?」
「何もいないし、いいだろ。いくつ?」
アレックスは面倒そうにザックを一瞥した。
「二十五だ」
「えっ」
ザックが足を止める。
アレックスも数歩進んだところで振り返った。
「なんだ」
「え! 年下じゃん!」
ザックの顔がぱっと明るくなった。
「十一個も下!? 全然見えないな! 老け顔って言われないか?」
「うるさい、おっさん」
「俺と同じくらいだと思ってた!」
「喧嘩を売っているのか?」
「褒めてるって。貫禄あるなって」
「いらん」
ザックはへらりと笑いながら、アレックスの背中をぽんと叩いた。
「いやあ、なんか急にお前の悪態が可愛らしく感じてきたわ」
「気安く触るな」
アレックスは鬱陶しそうに距離を取り、先へ進んでいく。
だが、ザックもすぐにその横へ並んだ。
「なんでお前、ラヴィ様のこと好きなの?」
「っ!?」
あまりにも唐突な質問に、アレックスの耳まで一気に赤くなる。
「はぁ!? なんだ、急に!」
「あ、大丈夫。俺、ラヴィ様のことご主人様としか思ってないから。安心して」
「そんなことは分かっている!」
「んで、なんで好きなの?」
ザックはニヤニヤと、なんとも腹の立つ笑みを向けてくる。
「なぜ俺が貴様にそんなことを話さなければならない」
「いいじゃん。減るもんじゃないし」
「話すことなど何もない」
「いつから好きなの?」
「聞け!」
「やっぱ見た目? ラヴィ様めちゃくちゃ美人だもんな」
「貴様は黙っていられないのか!?」
「じゃあ性格?」
「ザック!」
「照れんなって。ラヴィ様の、たまにすげぇ冷たい目で見てくるとことか、お前好きそうだよな」
「違う! ザック、前を見ろ!」
「はいはい、話逸らさなくても——」
言われるまま前を向き、ザックの言葉が止まった。
「……でっか」
薄暗い通路の向こうから、巨大な影がこちらへ歩いてきていた。
外を徘徊していたゴーレムも二メートルを優に超えていたが、目の前のそれは比べものにならない。
頭が天井すれすれに届くほどの巨体。横幅も通路の半分以上を塞ぎ、一歩踏み出すたびに、ずしん、ずしんと床が震える。
「え、こっちに来てない?」
「貴様がベラベラ喋っている声に寄ってきたんだろう」
巨大なゴーレムが、また一歩近づく。
「ゴーレムは合体すると聞いたことがある」
「へー、そうなんだ」
ザックはその巨体を下から上まで眺めると、腰の鞄へ手を伸ばした。
「……これ。さっきの穴に落とすやつ効くかな」
「この屋内で使うつもりか!?」
「あ、駄目?」
「遺跡ごと崩す気か!」
「それは困るな。じゃあ、別のにするか」
「別の?」
「ラヴィ様、いくつか持たせてくれたんだよ。ええっと、どれにしようかなぁ」
ごそごそと鞄を漁り始めるザックを見て、アレックスは眉間に深く皺を寄せた。
「……貴様」
「ん?」
「まさか、それで奥まで行くつもりなのか?」
「そのつもりだけど」
ザックは鞄の中を覗き込んだまま答える。
「ラヴィ様が使えってくれたんだから、使わないともったいないだろ。あ、これかな」
ようやく目当てのものを見つけたらしい。ザックが嬉しそうに顔を上げる。
「で、話戻すけど。まだなんで好きなのか聞いてない」
「今はゴーレムに集中しろ!!」
「だーいじょうぶ。ちゃんと横目で見てるって」
そう言いながらザックが取り出したのは、親指ほどの小さな筒だった。
黒い金属でできたそれを指先で摘まみ、まじまじと眺める。
「たしか、ここの出っ張りを押すと三秒後に爆発するんだっけ」
「それを使うのか?」
「うん」
ザックが顔を上げた。
巨大なゴーレムは、すでに通路の半ばまで迫っていた。天井から細かな砂埃が落ちてくる。
「じゃ、行ってくる」
「は!? ちょ、待っ——」
制止を待たずに、ザックはゴーレムへ向かって走り出した。
「おい、ザック!」
ゴーレムが反応する。
岩でできた太い腕が持ち上がり、真正面から迫るザック目掛けて振り下ろされた。
だが、ザックは止まらない。
ぎりぎりまで引きつけ、一歩大きく横へ踏み込む。
直後、轟音とともに石床が砕けた。
その脇をすり抜け、ザックは一気に巨体の懐へ潜り込む。
アレックスの表情が変わった。
今のは偶然ではない。あの男は、ゴーレムが腕を振り下ろす瞬間まで、その軌道を見ていた。
「どこにしようかな」
ザックの視線が、ゴーレムの脚を走る。
足首、膝、股関節。歩くたびに岩同士が擦れ合い、わずかに隙間が生じている。
その中でも特に大きく動いている膝裏に目をつけると、ザックは迷わず回り込んだ。
「よし」
小さな筒の突起を押し込み、そのまま膝裏へねじ込む。
手を離すと同時に身を翻し、一気にその場を離れた。直後、背後で魔導具が炸裂する。
爆音が遺跡中に響き渡り、ゴーレムの片膝が内側から大きく砕けた。
巨体がぐらりと傾き、そのまま床へ片膝をつく。
だが、それでも動きは止まらない。
ゴーレムは床に手をついて身体を支えると、残った脚に力を込め、再び立ち上がろうとする。
「まだ動くか」
ザックはすぐさま鞄へ手を入れ、二本目の魔導具を探した。
「じゃあ、同じように反対も」
「余所見するな、ザック!」
立ち上がろうとしたゴーレムが、邪魔者を振り払うように太い腕を振るう。
ザックはその軌道を見極め、身体を捻ってかわした。
続けざまに迫る二撃目も、わずかに身をずらすだけでやり過ごす。
大きく距離を取ることなく、再び懐へ潜り込んだ。
アレックスは思わず眉をひそめた。
あの男は、ただ攻撃を避けているのではない。相手の動きを読み、必要最小限の動作でかわしている。
あれほどの巨体を前にして、無駄な動きがまるでなかった。
ザックは残った膝の裏へ魔導具を仕込むと、爆発を待たずに素早く離れた。直後、二度目の爆音が響く。
両膝を失ったゴーレムは、ついに身体を支えきれなくなり、轟音とともに石造りの床へ崩れ落ちる。
「よし」
ザックは満足そうに頷くと、何事もなかったような顔でアレックスのもとへ戻ってきた。
「これで通れるな」
「…………」
「アレックス?」
返事がない。
アレックスは倒れたゴーレムではなく、ザックを見ていた。
「何?」
「……貴様、どこであんな戦い方を覚えた?」
「若い頃にちょっとね」
「ちょっと、だと?」
アレックスが眉を寄せる。
魔導具が強力なのは分かる。だが、今の戦い方まで魔導具の力だったわけではない。
巨大な相手の攻撃を見切り、懐へ潜り込み、わずかな動きから脆い箇所を見つけ出した。
何より、動きに迷いがなかった。
「……昔は何をしていたんだ?」
「んー、冒険者やってたころに前衛をね。でもすぐ辞めたよ」
「なぜ辞めた?」
「狙ってたパーティーメンバーの女の子が他の奴とくっついたから」
「……なんだそれ」
「あ、それで思い出した」
ザックがにやりと笑う。
「ラヴィ様のどこが好きなの?」
「まだその話をする気か!!」




