↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
12/14

心配なら一緒に行きなさい

 ラヴィニアの奴隷となってから、しばらくが経った。


 最近のザックには、すっかり慣れた仕事がある。


 地雷処理である。


 ラヴィニアが数百年前にあちこちへ残した防衛術式を、一人で現地へ赴いて処理する。やることは至って簡単だ。


 指定された場所へ行き、踏む。爆発する。


 次へ行き、また踏む。また爆発する。


 爆発で地面に大穴が開いても、ラヴィニアから持たされている魔導具を使えば、荒れた土地の整地などちょちょいのちょいである。


 そんなある日のこと。ザックはラヴィニアに連れられ、深い森の奥までやって来ていた。


「……今回は地雷じゃないんですね」


「ええ」


 二人は生い茂る低木の陰に身を潜め、その隙間から少し先の様子を窺っていた。


 木々に囲まれた森の中に、不自然に開けた場所がある。その中央に建っているのは、古びた石造りの遺跡だった。


 壁の一部は崩れ、太い蔦が這い、石柱の多くも途中から折れている。長い年月、誰にも使われることなく放置されていたことは一目で分かった。


 問題は、その周囲だった。


「……多いですね」


「そうですね」


 遺跡の周辺を、何体ものゴーレムが徘徊している。どれも二メートルを優に超える岩の巨体だ。


 十体、二十体——。木々に遮られて見えない場所にもいるのか、時折どこかから重い足音が響いてくる。


 ザックが低木の枝を少しだけ押し下げ、遺跡のほうを覗き込んだ。


「これ、全部倒すんです?」


「いいえ。今回の目的はゴーレムではありません」


「じゃあ、遺跡?」


「正確には、その中にある術式です」


 ラヴィニアが遺跡の奥を指差した。


「あの遺跡の最奥に、大きな岩があります。その表面に、私が作った術式が刻まれています」


「何の術式です?」


「ゴーレムを作る術式です」


 ザックがもう一度、遺跡の周囲を見る。


「……もしかして、あいつら?」


「ええ」


「うわぁ」


 そのとき、遺跡の入口付近から低い地響きが聞こえてきた。


 石畳の隙間から土が盛り上がり、周囲の小石や岩片が次々と引き寄せられていく。それらは一つの塊となり、徐々に人の形を作り始めた。


 やがて二メートルを超える巨体が完成し、新たなゴーレムがゆっくりと立ち上がる。


「今、増えましたよね?」


「増えましたね」


「ずっと増えてるんです?」


「術式を壊さない限りは」


「それ、かなりまずくないですか?」


「ですから壊しに来たのでしょう」


「なるほど」


 もっともだった。


「なんでこんなの作ったんです?」


「兵力を自動的に補充できれば便利だと思ったのですよ」


「便利そうですね」


「便利でしたよ。でも、増え続けるので禁術になりました」


「でしょうね」


 さすがのザックにも分かる。


 ラヴィニアは何事もなかったかのように、遺跡へ視線を戻した。


「かなり昔に停止させたものなのですが、どうやら長い年月の間に術式が変質し、再び動き出したようです。あれを破壊するまではゴーレムが生成され続けますし、遺跡の中にも相当数いるでしょう」


 入口までですら、すでに何体ものゴーレムがうろついている。その奥にさらにいるとなれば、かなりの数になりそうだ。


「あとは任せました」


「はい!」


 命令を受け、ザックの顔がぱっと明るくなる。


 やることは分かった。ゴーレムをどうにかしながら遺跡の奥へ進み、術式の刻まれた岩を壊す。


 非常に明確である。


「じゃあ、行ってきま——」


「ラヴィニア様!」


 突然、森の静寂をぶち破るような大声が響いた。


「うおっ」


 ザックが肩を跳ねさせる。


 少し離れた木々の間から、大柄な男がこちらへ向かってくるのが見えた。


「あ、アレックス」


「ラヴィニア様!なぜこちらに!」


「ちょ、アレックス!声でかいって!」


「何?」


「隠れてんの!見れば分かるだろ!」


 ザックは低木から顔だけを出し、声を潜めながら手招きした。


「ほら、しゃがめって。見つかるだろ」


「…………」


「早く!」


「なぜ貴様に指図されなければならない」


「いいから!ゴーレム来ちゃうだろ!」


 アレックスは不満げに眉をひそめながらも、低木の陰までやってくると、大柄な身体を無理やり押し込むようにして身を屈めた。


「……貴様、先ほどから随分と馴れ馴れしいな」


「そう?」


「なぜ俺を呼び捨てにしている」


「ああ、それか」


 ザックは低木の隙間からゴーレムの様子を窺いながら、何でもないことのように答えた。


「ラヴィ様から、他の魔女には別に畏まらなくていいって言われたから」


「だからといって、いきなり呼び捨てにする奴があるか!」


「声!せっかく隠れてんだから静かにしろって」


「貴様のせいで声を荒らげているんだ!」


「だから声でかいって!」


「ザック」


 ラヴィニアに呼ばれた瞬間、ザックがぴたりと黙った。


「それに、アレックス。あなたも静かにしなさい」


「すみません」


「……すみません」


 二人揃って素直に謝り、再び低木の陰から遺跡の様子を窺う。幸い、先ほどまでの騒ぎには気づかなかったらしく、ゴーレムたちは変わらず周囲を徘徊していた。


 しばらくして、今度は意識して声を落としたアレックスが尋ねる。


「……それで、ラヴィニア様。これは一体どういう状況なんですか」


「見ての通り、後処理ですよ」


「後処理?」


「ええ。あの遺跡に、昔私が作ったゴーレム生成の術式が残っていまして。かなり前に停止させたのですが、どうやら再び動き出したようです」


「やはり、あのゴーレムはラヴィニア様の術式によるものだったんですか」


「ええ」


 あっさり認められ、アレックスが眉間を押さえた。


「最近、あの遺跡の周辺でゴーレムを見たという話が出ていたんです。街まで下りてきた個体はいませんでしたが、数が増えているとも聞いていたので確認に来たら……」


「私たちがいたと」


「そういうことです」


「ちょうどよかったですね」


「何がです?」


「今から片付きますよ」


 アレックスが遺跡へ目を向けた。


「ラヴィニア様が術式を解除するんですか?」


「いいえ。ザックに壊してきてもらいます」


 アレックスの顔が、ゆっくりザックへ向く。


 ザックは隣でしゃがんだまま、にこりと笑った。


「貴様が?」


「うん」


「あそこへ?」


「うん」


「一人で?」


「その予定」


 しばらくザックを見つめたあと、アレックスはラヴィニアへ向き直った。


「ラヴィニア様。この男一人で、あの遺跡へ行かせるつもりなんですか?この奴隷、魔法も使えない一般人ですよね」


「ええ」


「見てください、あの数を。外にいるだけでも相当数ですし、中に何体いるかも分からない。それを、こんな男一人に任せるんですか?」


 ザックが口を尖らせる横で、ラヴィニアは特に気分を害した様子もなく答えた。


「問題ありませんよ」


「なぜそう言い切れるんです?」


「できると思っているから任せるのです」


「しかし——」


「アレックス」


 ラヴィニアが少しだけ目を細めた。


「随分とザックを心配しているのですね」


「は?」


 アレックスが固まり、ザックも目を瞬く。


「俺を?」


「ええ。先ほどから一人で大丈夫なのかと、そればかり気にしていますから」


「いや、別にこんなおっさんが心配というわけではないんですよ!」


「おっさん……」


 ザックが小さく呟く。


「俺はただ、こんな男に任せて大丈夫なのかと言っているだけです!」


「それを心配していると言うのでは?」


「違います。俺はこいつがどうなろうと知ったことではありません。ただ、失敗してゴーレムがさらに増え、街まで被害が出たら困ると言っているんです」


「そこまで言う?おっさん泣いちゃう」


「なるほど」


 ラヴィニアはザックをさらりと無視して頷いた。


「では、なおさらちょうどいいですね。アレックスも一緒に行きなさい」


「……はい?」


「ザックがきちんと処理できるか、見届けてくればいいでしょう」


「なぜ俺が!」


「心配なのでしょう?」


「ですから違うと——」


「分かった分かった。アレックス、俺のことそんなに心配してくれてたんだな」


「貴様は黙っていろ!」


「声!」


「お前がいちいち話しかけるからだろう!」


「二人とも」


 ラヴィニアの静かな声に、二人が揃って口を閉じる。


「アレックス。同行の際、手出しは無用ですよ」


「……もう俺が行くことは確定なんですね」


「これはザックに任せた仕事です。あなたは見ているだけにしてください」


「もし何かあったらどうするんです」


 その言葉に、ラヴィニアの口元へかすかな笑みが浮かんだ。


「やはり心配なのですね」


「だから、違います」


「照れんなよ」


 アレックスがザックを睨みつける。その横で、ラヴィニアは楽しそうに小さく笑った。


「ふふ。随分と仲良くなりましたね」


「どこを見たらそうなるんですか」


「仲良くしようぜ~、アレックス」


「お喋りはそのくらいにして、そろそろ行きなさい」


「分かりました!」


 ザックが元気よく立ち上がると、ラヴィニアも低木の陰から出た。


「では、私は帰ります」


「えっ」


 アレックスが思わず顔を上げる。


「帰るんですか?」


「私が残る必要ありますか?」


「いや、しかし……」


 アレックスがザックを見る。当の本人はすでに遺跡へ向かおうとしていた。


「ほら、行くぞアレックス。置いてくぞ」


「待て!」


 さっさと歩き出したザックを、アレックスが慌てて追っていく。


 ラヴィニアはその場に残り、遠ざかっていく二人の背中を黙って見送っていた。


 いや——その視線が向けられていたのは、アレックスだった。


 先ほどまで浮かべていた笑みは、いつの間にか消えている。


 何かを見定めるような、ひどく静かな目だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。