心配なら一緒に行きなさい
ラヴィニアの奴隷となってから、しばらくが経った。
最近のザックには、すっかり慣れた仕事がある。
地雷処理である。
ラヴィニアが数百年前にあちこちへ残した防衛術式を、一人で現地へ赴いて処理する。やることは至って簡単だ。
指定された場所へ行き、踏む。爆発する。
次へ行き、また踏む。また爆発する。
爆発で地面に大穴が開いても、ラヴィニアから持たされている魔導具を使えば、荒れた土地の整地などちょちょいのちょいである。
そんなある日のこと。ザックはラヴィニアに連れられ、深い森の奥までやって来ていた。
「……今回は地雷じゃないんですね」
「ええ」
二人は生い茂る低木の陰に身を潜め、その隙間から少し先の様子を窺っていた。
木々に囲まれた森の中に、不自然に開けた場所がある。その中央に建っているのは、古びた石造りの遺跡だった。
壁の一部は崩れ、太い蔦が這い、石柱の多くも途中から折れている。長い年月、誰にも使われることなく放置されていたことは一目で分かった。
問題は、その周囲だった。
「……多いですね」
「そうですね」
遺跡の周辺を、何体ものゴーレムが徘徊している。どれも二メートルを優に超える岩の巨体だ。
十体、二十体——。木々に遮られて見えない場所にもいるのか、時折どこかから重い足音が響いてくる。
ザックが低木の枝を少しだけ押し下げ、遺跡のほうを覗き込んだ。
「これ、全部倒すんです?」
「いいえ。今回の目的はゴーレムではありません」
「じゃあ、遺跡?」
「正確には、その中にある術式です」
ラヴィニアが遺跡の奥を指差した。
「あの遺跡の最奥に、大きな岩があります。その表面に、私が作った術式が刻まれています」
「何の術式です?」
「ゴーレムを作る術式です」
ザックがもう一度、遺跡の周囲を見る。
「……もしかして、あいつら?」
「ええ」
「うわぁ」
そのとき、遺跡の入口付近から低い地響きが聞こえてきた。
石畳の隙間から土が盛り上がり、周囲の小石や岩片が次々と引き寄せられていく。それらは一つの塊となり、徐々に人の形を作り始めた。
やがて二メートルを超える巨体が完成し、新たなゴーレムがゆっくりと立ち上がる。
「今、増えましたよね?」
「増えましたね」
「ずっと増えてるんです?」
「術式を壊さない限りは」
「それ、かなりまずくないですか?」
「ですから壊しに来たのでしょう」
「なるほど」
もっともだった。
「なんでこんなの作ったんです?」
「兵力を自動的に補充できれば便利だと思ったのですよ」
「便利そうですね」
「便利でしたよ。でも、増え続けるので禁術になりました」
「でしょうね」
さすがのザックにも分かる。
ラヴィニアは何事もなかったかのように、遺跡へ視線を戻した。
「かなり昔に停止させたものなのですが、どうやら長い年月の間に術式が変質し、再び動き出したようです。あれを破壊するまではゴーレムが生成され続けますし、遺跡の中にも相当数いるでしょう」
入口までですら、すでに何体ものゴーレムがうろついている。その奥にさらにいるとなれば、かなりの数になりそうだ。
「あとは任せました」
「はい!」
命令を受け、ザックの顔がぱっと明るくなる。
やることは分かった。ゴーレムをどうにかしながら遺跡の奥へ進み、術式の刻まれた岩を壊す。
非常に明確である。
「じゃあ、行ってきま——」
「ラヴィニア様!」
突然、森の静寂をぶち破るような大声が響いた。
「うおっ」
ザックが肩を跳ねさせる。
少し離れた木々の間から、大柄な男がこちらへ向かってくるのが見えた。
「あ、アレックス」
「ラヴィニア様!なぜこちらに!」
「ちょ、アレックス!声でかいって!」
「何?」
「隠れてんの!見れば分かるだろ!」
ザックは低木から顔だけを出し、声を潜めながら手招きした。
「ほら、しゃがめって。見つかるだろ」
「…………」
「早く!」
「なぜ貴様に指図されなければならない」
「いいから!ゴーレム来ちゃうだろ!」
アレックスは不満げに眉をひそめながらも、低木の陰までやってくると、大柄な身体を無理やり押し込むようにして身を屈めた。
「……貴様、先ほどから随分と馴れ馴れしいな」
「そう?」
「なぜ俺を呼び捨てにしている」
「ああ、それか」
ザックは低木の隙間からゴーレムの様子を窺いながら、何でもないことのように答えた。
「ラヴィ様から、他の魔女には別に畏まらなくていいって言われたから」
「だからといって、いきなり呼び捨てにする奴があるか!」
「声!せっかく隠れてんだから静かにしろって」
「貴様のせいで声を荒らげているんだ!」
「だから声でかいって!」
「ザック」
ラヴィニアに呼ばれた瞬間、ザックがぴたりと黙った。
「それに、アレックス。あなたも静かにしなさい」
「すみません」
「……すみません」
二人揃って素直に謝り、再び低木の陰から遺跡の様子を窺う。幸い、先ほどまでの騒ぎには気づかなかったらしく、ゴーレムたちは変わらず周囲を徘徊していた。
しばらくして、今度は意識して声を落としたアレックスが尋ねる。
「……それで、ラヴィニア様。これは一体どういう状況なんですか」
「見ての通り、後処理ですよ」
「後処理?」
「ええ。あの遺跡に、昔私が作ったゴーレム生成の術式が残っていまして。かなり前に停止させたのですが、どうやら再び動き出したようです」
「やはり、あのゴーレムはラヴィニア様の術式によるものだったんですか」
「ええ」
あっさり認められ、アレックスが眉間を押さえた。
「最近、あの遺跡の周辺でゴーレムを見たという話が出ていたんです。街まで下りてきた個体はいませんでしたが、数が増えているとも聞いていたので確認に来たら……」
「私たちがいたと」
「そういうことです」
「ちょうどよかったですね」
「何がです?」
「今から片付きますよ」
アレックスが遺跡へ目を向けた。
「ラヴィニア様が術式を解除するんですか?」
「いいえ。ザックに壊してきてもらいます」
アレックスの顔が、ゆっくりザックへ向く。
ザックは隣でしゃがんだまま、にこりと笑った。
「貴様が?」
「うん」
「あそこへ?」
「うん」
「一人で?」
「その予定」
しばらくザックを見つめたあと、アレックスはラヴィニアへ向き直った。
「ラヴィニア様。この男一人で、あの遺跡へ行かせるつもりなんですか?この奴隷、魔法も使えない一般人ですよね」
「ええ」
「見てください、あの数を。外にいるだけでも相当数ですし、中に何体いるかも分からない。それを、こんな男一人に任せるんですか?」
ザックが口を尖らせる横で、ラヴィニアは特に気分を害した様子もなく答えた。
「問題ありませんよ」
「なぜそう言い切れるんです?」
「できると思っているから任せるのです」
「しかし——」
「アレックス」
ラヴィニアが少しだけ目を細めた。
「随分とザックを心配しているのですね」
「は?」
アレックスが固まり、ザックも目を瞬く。
「俺を?」
「ええ。先ほどから一人で大丈夫なのかと、そればかり気にしていますから」
「いや、別にこんなおっさんが心配というわけではないんですよ!」
「おっさん……」
ザックが小さく呟く。
「俺はただ、こんな男に任せて大丈夫なのかと言っているだけです!」
「それを心配していると言うのでは?」
「違います。俺はこいつがどうなろうと知ったことではありません。ただ、失敗してゴーレムがさらに増え、街まで被害が出たら困ると言っているんです」
「そこまで言う?おっさん泣いちゃう」
「なるほど」
ラヴィニアはザックをさらりと無視して頷いた。
「では、なおさらちょうどいいですね。アレックスも一緒に行きなさい」
「……はい?」
「ザックがきちんと処理できるか、見届けてくればいいでしょう」
「なぜ俺が!」
「心配なのでしょう?」
「ですから違うと——」
「分かった分かった。アレックス、俺のことそんなに心配してくれてたんだな」
「貴様は黙っていろ!」
「声!」
「お前がいちいち話しかけるからだろう!」
「二人とも」
ラヴィニアの静かな声に、二人が揃って口を閉じる。
「アレックス。同行の際、手出しは無用ですよ」
「……もう俺が行くことは確定なんですね」
「これはザックに任せた仕事です。あなたは見ているだけにしてください」
「もし何かあったらどうするんです」
その言葉に、ラヴィニアの口元へかすかな笑みが浮かんだ。
「やはり心配なのですね」
「だから、違います」
「照れんなよ」
アレックスがザックを睨みつける。その横で、ラヴィニアは楽しそうに小さく笑った。
「ふふ。随分と仲良くなりましたね」
「どこを見たらそうなるんですか」
「仲良くしようぜ~、アレックス」
「お喋りはそのくらいにして、そろそろ行きなさい」
「分かりました!」
ザックが元気よく立ち上がると、ラヴィニアも低木の陰から出た。
「では、私は帰ります」
「えっ」
アレックスが思わず顔を上げる。
「帰るんですか?」
「私が残る必要ありますか?」
「いや、しかし……」
アレックスがザックを見る。当の本人はすでに遺跡へ向かおうとしていた。
「ほら、行くぞアレックス。置いてくぞ」
「待て!」
さっさと歩き出したザックを、アレックスが慌てて追っていく。
ラヴィニアはその場に残り、遠ざかっていく二人の背中を黙って見送っていた。
いや——その視線が向けられていたのは、アレックスだった。
先ほどまで浮かべていた笑みは、いつの間にか消えている。
何かを見定めるような、ひどく静かな目だった。




