有能なのかポンコツなのか
その後も何体かのゴーレムが行く手を阻んだが、ザックは危なげなく対処していった。
避けて通れるものは無視し、邪魔になるものだけをラヴィニアから渡された魔導具で動けなくする。
正面から力比べをするような真似はせず、相手の動きを見ながら必要な箇所だけを壊して先へ進んだ。
アレックスは、その間ほとんど何もしていない。
ラヴィニアから手出しは無用と言われている以上、本当に見ているだけだった。
そして、見ているからこそ分かる。
使っている魔導具は、すべてラヴィニアが用意したものだ。だが、ザックはただ闇雲にそれらを使っているわけではない。
複数の相手にはまとめて動きを封じる魔導具を使い、巨大な相手には弱点を見極めて必要な箇所だけを破壊する。状況に応じて適切な手段を選び、それを確実に実行している。
それだけではない。あれほどの巨体を前にしても怯まず、攻撃を見切って懐へ潜り込む身のこなし。無駄のない動きと、瞬時に弱点を見抜く観察眼。
いくら強力な魔導具を与えられたところで、誰にでも真似できる芸当ではない。
少なくとも、ただ魔導具を持たされただけの奴隷ではない。
そんな認識に変わり始めた頃、長く続いていた通路の先に、これまでとは違う広い空間が見えてきた。
「あ」
先を歩いていたザックが足を止める。
「これじゃない?」
そこは遺跡の最深部らしく、天井の高い広間になっていた。
広間の中央には、ザックの背丈を優に超える巨大な岩が鎮座している。
その表面には無数の線や文字がびっしりと刻み込まれ、淡い光を放つ術式が、薄暗い空間をぼんやりと照らしていた。
アレックスの表情が変わる。
「……おそらく。これがゴーレムを生成している術式だろうな」
「やっと見つけた!」
ザックは嬉しそうに鞄を漁り始めた。取り出したのは、太く短い杭のような魔導具だった。
「これで壊そうかな」
「待て。術式を停止させるだけなら、わざわざ岩を砕く必要はない。表面に傷を入れ、術式の一部を崩すだけで十分だ」
「へえ、そうなんだ」
ザックは岩の表面に刻まれた複雑な紋様を眺めた。
「じゃあ、ちょっと削るくらいでいいのか」
「ああ。それ以上は必要ない」
アレックスはそれ以上口を出さなかった。
ラヴィニアからは手出し無用と言われている。必要なことは伝えたのだから、あとはザックに任せるしかない。
ザックは杭を手に岩へ歩み寄った。
側面にある小さな目盛りへ目を落とし、つまみを回す。
「ええっと……このくらいかな」
続いて鞄から小ぶりなハンマーを取り出すと、岩の表面に刻まれた術式の一部へ杭の先端を当てた。
「よし。じゃ、いくぞ」
「ああ」
「えいっ」
ザックがハンマーを振り下ろす。
カンッ。
次の瞬間。
ドゴォォォンッ!!
「うおっ!?」
凄まじい衝撃が岩の内部へ叩き込まれた。
巨大な岩に無数の亀裂が走り、表面を覆っていた術式の光が激しく明滅する。
一本、また一本と刻まれた線が輝きを失い、ついには岩そのものが轟音を立てて砕け散った。
「…………」
「…………」
土煙がゆっくりと晴れていく。
そこには、見る影もなく崩れた岩の残骸が転がっていた。
「……あれ?」
ザックが手元の杭を見下ろす。
「おかしいな。弱くしたつもりだったんだけど」
「……んとに、何やってんだ! この馬鹿!!」
「いや、ちょっと傷つけるくらいのつもりで」
ザックは杭をひっくり返し、側面の目盛りを確認した。
「あ。上下逆に見てた」
「貴様、ちゃんと確認を——」
パキッ。
不意に響いた音に、アレックスの言葉が止まった。
パキ、パキパキッ。
二人とも動きを止める。
広間を囲む壁のあちこちから軋むような音が響き、天井から細かな砂埃がぱらぱらと降ってきた。
ザックがゆっくりと顔を上げる。
「……アレックス」
「なんだ!?」
「これ、もしかして」
天井に大きな亀裂が走った。
アレックスの顔色が変わる。
「……まさか、あの岩が遺跡の構造まで維持していたとは!」
「えっ!? 先に言ってよ!」
「俺だって今気づいたんだ!!」
直後、広間の一角で石壁が崩れ落ちた。
「うおっ!?」
「走れ!!」
二人は同時に元来た道を駆け出した。
その直後、先ほどまで立っていた場所へ巨大な石材が落下する。
「ちょ、めちゃくちゃ崩れてる!」
「貴様が壊したからだ!」
「ちょっとミスっただけなのに!」
「そのミスが命取りになるんだよ馬鹿!」
背後から凄まじい崩落音が追いかけてくる。
先ほどまで歩いてきた通路も激しく揺れ、天井や壁から次々と石材が落下していた。
「うわっ、近っ!」
「急げ! ここで生き埋めになったら、貴様を呪うからな!」
「俺もお前も死ぬんだから、そんなことできねーよ!」
「死んでも呪ってやる!」
「怖ぇよ!」
天井から落ちてきた石塊を寸前でかわし、二人は肩をぶつけながら狭い通路を駆け抜ける。
前方で、ひときわ大きな亀裂が天井を走った。
「アレックス、前!」
「分かっている!」
巨大な石材が落ちてくる。
二人が左右へ飛び退いた直後、轟音とともに通路の中央へ叩きつけられた。
「右! 右から行ける!」
「貴様に指図されなくても見えている!」
「じゃあ早く行けって!」
「誰のせいでこんなことになっていると思ってるんだ!」
「俺!」
「分かってるなら少しは反省しろ!!」
「反省は外に出てからする!」
崩れた石材の脇をすり抜け、二人はひたすら走った。
行きに倒したゴーレムたちも、今やそれどころではない。崩落に巻き込まれて瓦礫の下敷きになっているものもいれば、立ち上がろうとして、そのまま天井の下敷きになるものもいる。
背後の通路が崩れた。凄まじい勢いで土煙が迫ってくる。
「まずいまずい!」
「走れ!」
「走ってる!」
ようやく前方に出口の光が見えた。
「「うおおおおお!!!」」
二人は最後の力を振り絞って駆ける。背後から迫る崩落音は、もうすぐそこまで来ていた。
二人同時に遺跡の外へ飛び出す。地面へ転がり、そのまま勢いに任せて何度か身体を回転させた。
直後、轟音とともに遺跡が崩れ落ちる。
「…………」
「…………」
しばらく、二人とも起き上がれなかった。
舞い上がった土煙を浴びながら地面に転がり、荒い呼吸を繰り返す。
「……死ぬかと思った」
「貴様……一発、殴らせろ……!」
隣から地を這うような声が聞こえてくる。
ザックは仰向けのまま、崩れ落ちた遺跡へ顔を向けた。
「でもほら」
「……なんだ」
「術式は壊した」
「遺跡までなくなってるだろうが!! 文化財だぞ!!」
「え! そうだったの!?」
ザックが勢いよく身体を起こす。
「先に言えよ! ラヴィ様、そんなこと一言も言ってなかったぞ!」
「普通は遺跡を丸ごと崩すとは思わないんだよ!」
「俺だって崩すつもりはなかったよ!」
二人揃って、かつて遺跡だった瓦礫の山を見る。
「……結構、綺麗になくなったな」
「殴るぞ」
「ごめんって」
それからしばらくして、ラヴィニアは再び遺跡を訪れた。
そろそろ術式の破壊も終わっている頃だろう。
森の奥へ転移し、木々の間を抜けて目的の場所へ向かう。やがて視界が開け、ラヴィニアは足を止めた。
「…………」
遺跡がない。
つい先ほどまでそこにあったはずの石造りの遺跡は見る影もなく崩れ、今や巨大な瓦礫の山と化していた。
そして、その手前。
土埃まみれで正座しているザックと、なぜかその隣で同じように正座しているアレックスの姿があった。
「…………」
しばし、沈黙が流れた。
「……これは、どういうことですか?」
「かくかくしかじかです」
「ザック」
「はい」
「きちんと説明してください」
「はい」
ザックがぴんっと背筋を伸ばす。
「ラヴィ様に言われた通り、一番奥にあった術式の岩を壊しました!」
「ええ」
「そしたら遺跡も壊れました!」
「随分と大事なところを省略しましたね」
「すみません!」
ラヴィニアの視線がアレックスへ移る。
「アレックス」
「……俺は忠告しました」
アレックスは大きく息を吐いた。
「最深部で術式を発見したところまでは問題ありませんでした。ですが、こいつが魔導具の出力を間違えて岩を粉砕した結果、遺跡の構造を維持していた術式まで破壊してしまったようです。そのせいで遺跡全体が崩壊しました」
ラヴィニアが瓦礫へ目を向ける。
「そうですか」
それだけだった。
アレックスが訝しげにラヴィニアを見る。
怒られると思っていた。
いくら目的の術式を破壊するためとはいえ、ここは長い歴史を持つ遺跡だ。
それを跡形もなく崩してしまったのだから、少なくとも何かしら言われるものだと思っていた。
しかし、ラヴィニアは瓦礫を眺めているだけで、特に気にした様子もない。
「……ラヴィニア様」
「なんです?」
「遺跡がなくなったんですよ?」
「見れば分かります」
「文化財ですよ!?」
「そうですね」
「それだけですか!?」
思わず声を荒らげたアレックスに、ラヴィニアは不思議そうな顔をした。
「ここは、かつて豊穣を司る神を祀っていた神殿でしょう?」
「ええ、そうです!」
「私はそこに祀られている神など信じていませんから」
「信仰の話をしているんじゃありません! 歴史的な価値の話です!」
「そうなのですか?」
「そうです!」
アレックスが頭を抱える。
どうやらラヴィニアにとっては、古い神殿だからといって特別ありがたがる理由にはならないらしい。
その隣で、ザックがほっと胸を撫で下ろした。
「なんだ。じゃあ別に壊しても——」
「ザック」
「はい」
「あなたは反省していなさい」
「はい」
ザックは再び背筋を伸ばした。
「そもそも、なぜ俺まで正座しているんだ」
アレックスが今さらながら隣を見る。
遺跡が崩れたあと、ザックに「ラヴィ様に怒られるから一緒に座っててくれ」と頼まれ、つい隣に腰を下ろしてしまったのだ。
だが、考えてみれば自分まで正座する理由などない。
「連帯責任?」
「貴様!」
「一緒に死にかけた仲じゃん」
「誰のせいで死にかけたと思っている!」
「二人とも」
ラヴィニアの静かな声に、二人が同時に口を閉じる。
ラヴィニアは小さく息を吐いた。それからザックへ目を向ける。
服も髪もすっかり土埃にまみれ、顔にも汚れがついている。ところどころ擦り傷までできており、家を出たときとは見る影もない。
「随分と汚れましたね」
「命懸けで逃げたんで」
「そうでしょうね」
ラヴィニアがザックの頭から足元まで眺める。
「帰ったら、すぐにお風呂へ入りなさい」
「はい!」
「そのまま家の中を歩き回らないでくださいね」
「はい!」
「特に絨毯の上には乗らないように」
「はい!」
ザックの返事を聞き、ラヴィニアは頷く。
「では、帰りましょうか」
「はい!」
ザックが正座から立ち上がろうとする。
だが、その前にラヴィニアがふと思い出したようにアレックスへ顔を向けた。
「そういえば、アレックス」
「……なんでしょう」
「どうでしたか? 私の奴隷は」
ラヴィニアは立ち上がりかけたザックへちらりと目を向ける。
「…………」
アレックスはすぐには答えなかった。
確かに、魔導具がなければゴーレムを相手にすることは難しかっただろう。
だが、状況に応じて適切な道具を選ぶ判断力も、巨大な相手の攻撃を見切る戦闘技術も、紛れもなくザック自身のものだった。
戦い慣れている。それも、本人が言う「ちょっと」などという程度ではない。
少なくとも、ただの素人ではなかった。
「……まあ」
アレックスが渋々口を開いた。
「思っていたよりは、使える男でした」
「おっ」
ザックの顔がぱっと明るくなる。
「なんだよアレックス! お前、俺のこと認めて——」
「ただし!」
アレックスが勢いよく立ち上がり、背後の瓦礫を指差した。
「こいつに今後、一人で仕事を任せるのは絶対に反対です!」
「なんでだよ!」
「後ろを見ろ!!」
ザックが振り返る。
瓦礫。
「…………」
少し考える。
「……誰でもミスはある」
「そういうところだ!!」
アレックスの怒声が森に響き渡った。
ラヴィニアはそんな二人を眺め、ほんの少し口元を緩める。
「ふふ。 そうですか」
「笑い事ではありません、ラヴィニア様!」
「ですが、ザックがどういう人間なのかは分かったでしょう?」
アレックスが口を閉ざす。
その反応だけで十分だったのか、ラヴィニアはそれ以上何も言わなかった。
「では、今度こそ帰りましょう」
「はい!」
ザックが嬉しそうにラヴィニアの隣へ向かう。
だが、二歩ほど近づいたところで、ラヴィニアがすっと距離を取った。
「汚いので、あまり近づかないでください」
「はい……」
ザックは少ししょんぼりしながら、今度はきちんと距離を空けてラヴィニアの隣に立った。
「では、アレックス。またいずれ」
ラヴィニアが転移魔法を発動させる。
その隣で、ザックがアレックスへ大きく手を振った。
「じゃあな、アレックス! またな!」
「…………」
「あ、今度会ったらラヴィ様のどこが好きか教えてくれよ!」
「さっさと帰れ!!」
「あ、もしゴーレムまだ残ってたら処理よろしく!」
「は?」
「じゃ!」
「待て!」
アレックスが一歩踏み出したときには、すでに遅かった。
ラヴィニアとザックの姿が、その場から綺麗さっぱり消える。
あとに残されたアレックスは、しばらく無言で立ち尽くす。
背後には跡形もなく崩れた文化財。
「……あの野郎」
結局、あの男が有能なのかポンコツなのか、最後までよく分からなかった。




