第九話 グライト・ブリアン
天井から吊るされたシャンデリアが、薄闇の部屋へ砕けた光を撒き散らしていた。
深紅のベルベット絨毯。
贅を尽くしたソファ。
磨き抜かれた調度品。
そして、その中心にいる私。
女たちは私の周囲にもたれかかり、甘い香水の匂いを漂わせながら媚びた笑みを向けてくる。
滑らかな肌も、丹念に巻かれた金髪も、胸元で揺れる宝石も――すべては私を引き立てるための装飾に過ぎない。
どれだけ着飾ろうと、私の前では霞む。
それは彼女たちが劣っているからではない。
私が、生まれつき圧倒的に優れているからだ。
私はその事実を疑ったことがない。
「ブリアン様ぁ……」
女のひとりが身体を寄せ、指先で私の頬へ触れようとする。
その瞬間、肌が粟立った。
「……チッ」
無意識に舌打ちが漏れる。
「お前たちには飽きた。失せろ」
冷え切った声が部屋を裂いた。
一瞬だけ女たちの表情が固まる。
だがすぐに、引きつった笑みを貼り付け直した。
「そんなぁ、ブリアン様。冷たいですわ」
「少しくらい、お話してくださっても――」
伸びてくる手。
不快だった。
私はその腕を、軽く払い落とす。
パシン、と乾いた音が鳴った。
「触るな、と言ったはずだ」
低く落ちた声に、ようやく女たちは空気を読んだらしい。
「……し、失礼いたしました」
「申し訳ありません……」
怯えたように身を縮め、そのまま逃げるように部屋を出ていく。
扉が閉まった瞬間、静寂が戻った。
「……はぁ」
ようやくまともに呼吸ができる。
私は立ち上がり、壁際の全身鏡の前へ歩み寄った。
鏡に映るのは、完璧な存在。
艶やかな金髪。
均整の取れた顔立ち。
胸元で揺れる深緑の宝石。
この惑星で最も美しく、最も優れた人間。
――グライト・ブリアン。
指先で頬をなぞる。
その時、ほんの僅かな違和感が走った。
(……張りが落ちたか?)
錯覚だ。
誰も気づけるはずがない。
私はまだ完璧だ。
若く、美しく、崇高。
誰とも並べられぬ存在。
そう確信しているはずなのに、胸の奥で何かが薄氷みたいに軋んでいた。
その時だった。
ドンッ!!
乱暴に扉が叩かれる。
眉間に苛立ちが走った。
「ブリアン様! ご報告がございます!」
「……騒々しいな」
私は鏡から視線を外さないまま言い捨てる。
「入れ」
「失礼いたします!」
扉が開き、漆黒の制服を纏った兵士が現れた。
無駄のない姿勢。
感情を削ぎ落とした目。
忠誠だけで動く、道具のような男だ。
私は鏡越しに一瞥をくれてから、ゆっくり振り返った。
「で? 何があった」
「本日、惑星スラグ上空に飛来した物体についてです」
「続けろ」
「落下地点は確認しました。しかし、肝心の機体本体が発見できません」
私は小さく目を細めた。
「……ほう」
感情は混ぜない。
だが、興味は湧いた。
正式なルートを通らず、この星へ到達した存在。
つまり侵入者だ。
「周辺の捜索は?」
「すでに開始しております。しかし有力な痕跡は――」
「隠されたのだろう」
兵士の言葉を遮る。
「あるいは、搭乗者自身が姿を消したか」
私はソファへ戻り、ゆったりと腰を下ろした。
脚を組み、指先で唇をなぞる。
推測はほぼ終わっている。
問題は、“いつ捕まえるか”だけだ。
「やつらは遠くへは行けん」
焚きつけるように口角が上がる。
「くまなく探せ」
「はっ!」
兵士は胸へ拳を当て、深く頭を下げた。
「承知いたしました!」
足音ひとつ立てず、部屋を去っていく。
私はそれを見送ることなく立ち上がり、重たいカーテンを開いた。
窓の外では、夜がゆっくり白み始めている。
空の端に滲む朝焼けを見つめながら、私は静かに呟いた。
「もし地球からの使者なら……二十年ぶりか」
唇が自然に歪む。
「あれほど警告してやったというのに」
愉悦にも似た熱が、胸の奥でゆらめいた。
「愚かな連中だ。もう少し学習したかと思っていたがな」
そして、まだ見ぬ侵入者の姿を思い浮かべる。
「さて……」
口元が吊り上がる。
「今度は、どんな顔を見せてくれる?」




