第七話 エチカ 三
食後、部屋にこもった熱と匂いを逃がしたくなって、俺は外へ出た。
冷えた夜気を胸いっぱいに吸い込みながら、いつものように焚き火の支度を始める。
火打ち石を鳴らし、乾いた木片に火を移す。ぱちぱちと小さな炎が立ち上がった。
その横では、エチカが地面にぺたんと座り込み、満腹そうに腹をさすっている。
「はぁ〜……しあわせぇ……」
「大げさだな」
そう返しながらも、俺の中にはずっと引っかかっていることがあった。
火を枝でつつきながら、なんとなく口を開く。
「なあ、お前さ。結局、何者なんだ?」
するとエチカはぴょこんと立ち上がった。
「よくぞ聞いてくれました!」
なぜか得意げに胸を張る。
「エチカはね、地球で一番の天才科学者兼メカニックなのです!」
「……はぁ」
反応に困る。
だが、あの宇宙船といい、消える装置といい、普通じゃないのは確かだった。
「じゃあ、あの丸っこい宇宙船も、お前が作ったってのか?」
「そうだよ!」
「あと消えたやつも?」
「それも!」
「……マジで?」
「マジ!」
エチカは得意げにえへんと胸を張った。
「ミラクル☆スペースシップは、エチカが一から作ったんだから!」
「ネーミングセンスはさておき、信じられねぇ……」
思わず笑ってしまう。
どう見ても子供だ。
それなのに、やってることが滅茶苦茶すぎる。
「嘘じゃないもん!」
エチカは頬を膨らませた。
「エチカ、ちゃんと地球からここまで飛んできたんだからね!」
「だったら余計わかんねぇよ」
俺は焚き火越しにエチカを見る。
「なんでわざわざ、こんな宇宙のゴミ捨て場みたいな星に来たんだ?」
「ゴミ捨て場じゃないよ!」
即座に言い返してきたあと、エチカは少し真面目な顔になった。
「この星ね、軌道がおかしいの」
「軌道?」
聞き覚えのある単語だった。
昔、誰かがそんな話をしていた気がする。
だが当時の俺には難しすぎて、何を言ってるのかさっぱりだった。
「惑星ってね、見えない道みたいなのをぐるぐる回ってるの。でも、この星はその道が変になっちゃってるの」
「変?」
「うん。迷路みたいにぐちゃぐちゃ」
エチカは地面に指で円を描きながら説明する。
「だから大きな宇宙船は近づけないの。計算が狂って、ぶつかったり迷子になったりしちゃう」
「……大型船が来れねぇのか」
「だからエチカが、小型シップで先に調査しに来たの!」
本人は軽く言うが、内容は全然軽くない。
「お前みたいなのが一人で?」
「“お前みたいなの”ってなに!?」
エチカがむっと頬を膨らませた。
「エチカ、子供じゃないもん!」
「いや、どう見ても子供だろ」
「違うもん!」
完全に子供の反応だった。
だがエチカは咳払いすると、無理やり話を戻した。
「それにね、調査だけじゃないの」
「ん?」
「探してる人がいるんだ」
その瞬間だけ、声の調子が変わった。
俺は少し目を細める。
「誰だ?」
「チセイ」
エチカは焚き火の炎を見つめたまま言った。
「エチカの親友」
「そのチセイってやつが、この星にいるのか?」
「いた、かな」
言い直した声が小さくなる。
「二十年前、この星に来たの。でも途中から連絡が取れなくなっちゃった」
「二十年前……?」
そこで俺は眉をひそめた。
「待て。二十年前って、お前どう考えても生まれてねぇだろ」
「生まれてるよ?」
「は?」
「チセイとは同い年だもん」
さらっととんでもないことを言う。
「エチカとチセイ、同じ日に生まれたんだから」
「……いやいやいや」
思わず乾いた笑いが漏れた。
「冗談きついぞ」
「冗談じゃないもん」
エチカは真顔だった。
「この前作った薬で、ちょっとうっかり小さくなっちゃっただけ」
「“うっかり”で済ませる内容じゃねぇだろ、それ……」
あまりにも堂々と言うせいで、逆に笑えない。
焚き火がぱちりと爆ぜる。
夜風が吹き抜け、炎がゆらゆら揺れた。
荒れ果てた惑星スラグの夜。
その片隅で、俺は奇妙な少女と向かい合って座っている。
こいつの話、どこまで信じればいいのか。
まだ、まったくわからなかった。




