第六話 エチカ 二
自分の寝床に辿り着いた頃には、俺はもうへとへとだった。
道中、エチカはスクラップの山を見つけるたびに突撃していくし、危ないから引き戻せば今度は腹を空かせて座り込む。
最後の方なんか、結局俺が背負って歩く羽目になった。
子供ひとり連れて歩くだけで、こんなに疲れるとは思わなかった。
「わぁ〜!」
寝床に入った瞬間、エチカが声を弾ませる。
「ジーノのおうち、個性的でいいね!」
「それ褒めてるか?」
「褒めてるよ!」
エチカは部屋の隅に置いてある鉢植えへ駆け寄った。
「この植物かわいい! オリーブだよね?」
「……よくわかったな」
薄暗い部屋の中で、一目見ただけでそれを言い当てたことに少し驚く。
だが、それ以上に理解できなかったのは、“個性的”という感想の方だった。
壁際には壊れたモニターやジャンクパーツが山積みになっている。
配線は剥き出し、工具は散乱。
客観的に見れば、ほとんどゴミ溜めだ。
「いいか、変なもん触るなよ」
「はーい!」
返事だけは素直だった。
エチカはそのまま床にぺたんと座り込み、きょろきょろと部屋を見回している。
淡い緑色の髪が揺れるたび、なんだか落ち着きのない小動物を見てる気分になった。
そのくせ、本人はやたら楽しそうだ。
「そんなに珍しいか?」
「うん!」
エチカは目を輝かせた。
「なんかね、この部屋、“ジーノ!”って感じする!」
「どういう意味だよ、それ」
嫌な予感しかしない。
「ゴミみたいって言いたいのか?」
「違うよ!」
即答だった。
「なんていうか……ちゃんと生きてる感じ!」
「……は?」
思わず間抜けな声が漏れる。
エチカは壁のジャンクを見回しながら続けた。
「ここにあるもの全部、いっぱい使われてきたんだなーってわかるもん。壊れてても、まだ頑張ってる感じする」
「さっき会ったばっかのやつに、知ったような口きかれてもな」
「えへへ」
悪びれもせず笑う。
妙に調子が狂う。
「褒めてねぇからな」
「でもジーノ、ちょっと嬉しそう」
「気のせいだ」
即答したが、自分でも少しだけ否定しきれなかった。
この部屋を褒められたことなんて、一度もない。
なのに、エチカにそう言われると、不思議と悪い気はしなかった。
まるで閉め切った部屋に、少しだけ風が通ったみたいだった。
「……なんか作るから、そこ座ってろ」
「わーい!」
「あと変なボタン押すなよ。爆発したら困る」
「えっ!? 爆発スイッチあるの!?」
「あるわけねぇだろ」
「なーんだ」
むしろちょっと残念そうなのが怖い。
「なんで期待してんだよ……」
苦笑しながら棚を漁る。
食料は多くないが、腹を満たすくらいならどうにかなる。
「エチカ、嫌いなもんあるか?」
「苦いのきらい! 甘いの好き!」
「だろうな」
俺は小麦粉の袋と干し肉、それから小瓶を抱えて外へ出た。
湿った夜風の中で火を起こす。
ぱちぱちと薪が弾け、古びたフライパンがじわじわ熱を帯びていく。
配給の小麦粉を器にあけ、水を加えて練る。
指先にまとわりつく重たい感触を確かめながら生地を混ぜ、それをフライパンへ流し込んだ。
じゅわ、と焼ける音。
香ばしい匂いが立ち上る。
裏返して焼き目をつけ、なるべく綺麗な皿へ乗せる。
そこへ干し肉を添え、最後に小瓶の蓋を開けた。
琥珀色の蜜が、とろりと生地の上へ落ちていく。
「ほらよ」
皿を差し出した瞬間、エチカの顔がぱっと明るくなった。
「わぁっ! パンケーキ!」
ナイフとフォークを受け取ると、エチカは勢いよく手を合わせた。
「いただきまーす!」
次の瞬間、大きく目を見開く。
「おいしーっ!!」
「大げさだな」
「ほんとだもん! ジーノ、料理上手!」
夢中で頬張る姿に、思わず口元が緩む。
ただの質素なパンケーキだ。
それなのに、宝物でも食べるみたいな顔をしている。
「ねぇジーノ。この甘いの、なに?」
「ああ、それか」
俺は小瓶を軽く持ち上げた。
「この辺、まだ土が生きてる場所が少しあってな。そこ掘ると太い蔓が出てくるんだよ」
「つる?」
「そいつを煮詰めると蜜になる。昔、世話になったやつに教わった」
「へぇ〜……」
エチカはもう一口食べて、ふと動きを止めた。
「……なんか、この味」
「ん?」
「懐かしい気がする」
その言葉に、俺は少しだけ目を細めた。
「そうか。なら、悪い記憶じゃなさそうだな」
エチカは何も答えず、小さく笑ってまたパンケーキを頬張った。




