第五話 エチカ
「エチカ?」
俺が名前を繰り返すと、少女――エチカはぱっと顔を輝かせた。
「うんっ! 私はエチカ! あなたは?」
さっきまで大泣きしていたとは思えない。
満開の花みたいな笑顔だった。
あまりに眩しくて、思わず息を呑む。
まるで暗闇の中で、急に太陽を突きつけられたみたいな感覚だった。
「……俺はジーノ。ジーノ・オルフェイだ」
「ジーノ!」
名前を呼んだ次の瞬間、エチカは勢いよく飛びついてきた。
「よろしくねっ!」
「うおっ!?」
反応する暇もなかった。
知らない相手に抱きつかれるなんて想像もしていなかった俺は、その場で固まるしかない。
その時だった。
――グゥゥゥゥ。
妙に立派な音が響く。
俺が視線を落とすと、エチカが恥ずかしそうに自分の腹を押さえていた。
「……お腹すいたぁ」
「切り替え早すぎだろ、お前」
思わず呆れる。
だが、涙の残った目で上目遣いされると、妙に調子が狂う。
それに、さっきの盛大な腹の音のせいで、警戒心までどこかへ吹き飛んでしまった。
「はぁ……しょうがねぇな。飯なら少しある」
「ほんと!?」
「その代わり文句は言うなよ」
「言わないっ!」
エチカはぴょん、と跳ねる。
そのまま俺の後ろを小動物みたいについてくる足音を聞きながら、ひとまず寝床へ向かうことにした。
歩き出しかけて、ふと気になって振り返る。
「そういやエチカ。あの宇宙船、置きっぱなしで平気なのか?」
白い球体を顎で示す。
「ここじゃ、使えそうなパーツ見つけたら速攻で盗まれるぞ」
「えっへん!」
なぜかエチカは胸を張った。
「大丈夫だよ! あれ、すっごいミラクル☆スペースシップだから!」
「いや、説明になってねぇ」
苦笑が漏れる。
だがエチカ本人はまるで気にしていない。
「ほんとに大丈夫なの! ほら!」
そう言って取り出したのは、小さなリモコンだった。
赤いボタンがひとつだけついた、おもちゃみたいな見た目。
エチカが得意げにボタンを押す。
その瞬間――
白い球体が、ふっと消えた。
「……は?」
思わず間抜けな声が出る。
さっきまでそこにあった巨大な宇宙船が、跡形もなく消失していた。
「な、なんだ今の!?」
横を見ると、エチカが“ほらすごいでしょ”と言いたげな顔でリモコンを掲げていた。
完全に説明待ちの顔だ。
俺は頭を押さえたくなるのを堪えながら尋ねる。
「……それ、なんなんだ?」
「これはね!」
待ってましたとばかりにエチカが身を乗り出した。
「一回押すと、ミラクル☆スペースシップが透明になるの! 二回押すとちっちゃくなって、エチカ以外は動かせなくなるんだよ!」
「は?」
「ちなみに作ったのはエチカです! えへん!」
「お前が!?」
思わず声が裏返った。
「いやいやいや、待て待て。それ普通にヤバい技術だろ」
「えへへ〜」
褒められたと思ったのか、エチカは嬉しそうに笑う。
その直後。
――グゥゥゥゥゥ。
また腹が鳴った。
今度はさっきよりもさらに盛大だった。
エチカは顔を真っ赤にしながら腹を押さえる。
「……ジーノぉ」
「わかったわかった」
俺は呆れ混じりにため息をついた。
「船は安全なんだな?」
「うんっ!」
「じゃあ行くぞ」
「はーい!」
満面の笑みで隣に並ぶエチカを見て、俺は無意識に歩幅を少しだけ狭めていた。




