第五十話 約束
惑星スラグ探索隊の隊員たちは、広い待機区画で静かに出発の時を待っていた。
人類が長年追い続けてきた計画。
過酷な旅が、もう目前まで迫っている。
部屋の前方に立つ責任者の女性が、隊員たちを見渡した。
「これより最終確認を行います」
落ち着いた声が静かな空間に響く。
「確認終了後は、各自待機室で待機してください」
「了解」
短い返事が重なる。
隊員たちはそれぞれ歩き始めた。
◇
待機室には人数分の椅子が整然と並んでいた。
チセイは迷わず窓際の一番奥へ向かい、静かに腰を下ろす。
窓の外には、よく手入れされた芝生の庭が広がっていた。
その景色を眺めながら、無意識にポケットへ手を入れる。
指先が小さなキューブへ触れた。
「前から思ってたんだけどさ」
隣に座った青年が声をかける。
「チセイって珍しいよな」
「何が?」
「この任務にいる連中ってさ」
青年は部屋を見回した。
「筋力自慢の前線組か、研究バカみたいな連中ばっかりじゃん」
肩をすくめる。
「でもお前はどっちでもない」
「そう見える?」
「見える見える」
青年は笑う。
「それなのに危険な探索隊に志願するなんてさ。名誉目当てって感じでもないし」
チセイは小さく笑った。
「そうね」
ポケットの中のキューブを優しく握る。
「細腕でも、研究者じゃなくても、できることはあると思うの」
「例えば?」
「……意地かな」
「意地?」
青年が首を傾げる。
「何それ」
チセイは肩をすくめた。
「秘密」
その時だった。
ゴォッ――。
突風が待機室へ吹き込んだ。
「うわっ!」
カーテンが大きく舞い上がり、窓ガラスが震える。
「すごい風だな」
「この辺じゃ珍しいぞ」
隊員たちがざわつき始める。
チセイは乱れたカーテンを払おうと窓へ手を伸ばした。
その瞬間だった。
「……え」
庭の中央には、一人の女性が静かに立っていた。
淡い若草色の長い髪は、春風に撫でられた湖面のさざ波のように、ゆるやかな弧を描いて揺れている。
確かに風は庭木を鳴らし、草花を揺らしていた。それなのに、彼女だけは別の時の中に立っているかのようだった。周囲の景色だけが先へ流れ、彼女を包む時間だけが静かに歩みを緩めている。
チセイは胸を締めつけられるような感覚とともに、無意識に息を呑んだ。
「まさか……」
身体が勝手に動いていた。
窓を勢いよく開け放つ。
「チセイ!?」
「お、おい!」
「どこ行くんだ!」
仲間の声など聞こえない。
ただ走る。
あの人のもとへ。
芝生を蹴り、息を切らしながら駆け寄る。
ようやく目の前まで辿り着くと、チセイは肩で息をしながら呟いた。
「……なんで、ここにいるの」
女性はゆっくり振り向く。
そして静かに眼鏡を外した。
逆光の中で、髪が金色に輝く。
その顔を見た瞬間、チセイの目に涙が滲んだ。
信じたかった。
でも、どこかで信じきれなかった。
だから確かめるように、一歩近づく。
震える両手を伸ばし、そっと女性の頬へ触れた。
温かい。
夢じゃない。
「どうしたの?」
穏やかな声だった。
昔と何も変わらない。
チセイは涙をこらえながら笑う。
「あんたの顔をね」
声が震えた。
「久しぶりに見られて……嬉しくて」
女性は優しく微笑む。
チセイは一度だけ深呼吸すると、まっすぐ女性を見つめる。
「エチカが絶対に喜ぶものを見つけてくる」
力強く言う。
「必ず、あんたのところへ届けるから」
女性は静かに頷いた。
「ああ」
その返事は短かった。
けれど何よりも心強かった。
「任せた」
チセイは笑う。
「行ってくる」
風がふっと止んだ。
庭の芝生だけが、別れを惜しむように静かに揺れていた。




