第五十一話 青緑色の惑星
「ジーノ、起きて! ねぇ、起きてってば!」
水の底から誰かに呼ばれているような、遠く曖昧な声だった。
けれど、その声だけが少しずつ鮮明になっていく。
意識が一気に浮かび上がった。
「……エチカ?」
重たい瞼を開くと、すぐ目の前にエチカの顔があった。
にこにこと笑っている。
近すぎる。
「着いたよ!」
弾けるような笑顔で叫ぶ。
「地球!」
その一言で、眠気も意識の霞も吹き飛んだ。
身体を起こそうとすると、全身が鉛みたいに重い。頭もまだぼんやりしている。
こんな状態で、ようやく辿り着いた地球を迎えるなんて。
思わず苦笑しながらも、足だけは自然と前へ動いていた。
エチカはそんな俺を気遣うように歩調を合わせ、宇宙船のハッチの前まで来ると、両手を大きく広げた。
「ようこそ、地球へ」
その一言に背中を押されるように、俺は扉へ手を伸ばした。
ゆっくりと開く。
――光が、溢れた。
真っ白な光に視界が焼かれ、思わず目を細める。
何度か瞬きをして、少しずつ光に慣れていく。
そして目の前に広がっていたのは――
緑だった。
一面を埋め尽くす草原。
風が吹くたび、草が波のように揺れる。
機械の駆動音も、金属の軋みもない。
ただ風が吹き、草が揺れ、命がそこにある。
「……本当に、来ちまったんだな」
眩しくて、まだ目を細めたままだった。
それでも、この景色だけは見失いたくなかった。
そのとき、後ろからエチカも静かに地面へ降り立つ。
「これからさ」
隣へ並び、景色を見つめたまま続ける。
「ジーノは地球の嫌なところも、いっぱい見ると思う」
一拍置いて、小さく笑う。
「だから最初だけは、この景色を見せたかったの」
笑っている。
だけど、その横顔には、どこか消えない寂しさが滲んでいた。
チセイを失ったときとは違う。
もっと長い時間をかけて胸に積もってきた痛み。
きっと、その痛みを抱えたまま生きてきたのだろう。
その一瞬だけ、今のエチカではない"本当の彼女"が見えた気がした。
「……そっか」
俺は静かに笑う。
「ありがとう」
その瞬間、風が吹いた。
惑星スラグの乾いた風とは違う。
草の匂いを運び、頬を優しく撫で、どこまでも続く世界へいざなうような風だった。
「さて、と」
俺は辺りを見回す。
「これからどうするんだ?」
「うーん……」
エチカはポケットからスマートフォンを取り出して画面を眺める。
しばらくすると、ぱっと顔を上げた。
「あっ! この近くに海があるみたい!」
くるりと振り返る。
「行こうよ、ジーノ!」
その笑顔は、初めて出会ったあの日と何一つ変わらなかった。
太陽みたいに、眩しい笑顔だった。
「ああ」
自然と笑みがこぼれる。
「行こう」
この先、何が待っているのかなんて分からない。
地球はきっと、美しいだけの星じゃない。
惑星スラグのような醜さも、理不尽さも、悲しみもあるのだろう。
それでも、どんな景色も、どんな未来も歩いていける。
そう思えた。
俺は故郷の惑星スラグの暖かさも知っている。
胸の奥が、ほんの少しだけ熱くなる。
俺たちは並んで歩き出す。
青緑に輝く星で。
まだ誰も知らない、新しい物語へ向かって。
最後までお読みいただき、誠にありがとうございます!
無事、七夕に完結することができました。
次回作も、現在執筆中です。
主人公は変更しますが『惑星⭐️すらぐ!!』と同じ世界線の作品となります。
次の作品も楽しんでいただけたら嬉しいです。




