第四十八話 野望
崩れかけた研究所の一室。
その中央で、ヴァレリーはぽつんと立っていた。
白衣は焼け焦げ、あちこちが裂けている。乾き始めた血が額から頬へ筋を描いていたが、本人はまるで気にも留めていない。
むしろ穏やかに微笑んでいた。
まるで研究が一段落した教授が、次の実験について考えているような顔で。
「まさか、地球の科学がここまで進歩していたとは」
感嘆するように呟く。
その声音に恐怖も焦りもない。
純粋な驚きと、抑えきれない歓喜だけが滲んでいた。
「いやぁ、失敗しましたねぇ」
ヴァレリーは肩をすくめる。
「のんびりしすぎました。もっと早く地球へ戻っていれば、どれほど面白い研究ができたことか」
頭上で天井が軋む。
壁の向こうでは金属がひしゃげ、爆発音が響き、炎が噴き上がっている。
それでもヴァレリーは振り返らない。
崩壊する研究所より、その先にある未来の方がずっと重要だった。
「さて……私も地球へ帰るとしましょうか」
顎に手を添え、少し考える。
「あぁ、そういえば私は随分と有名人でしたねぇ」
くすりと笑う。
「死んだことになっているのなら、それはそれで都合がいい」
しばらく黙り込んだあと、不意に目を細めた。
「そうですね」
名案でも思いついたように指を鳴らす。
「全部入れ替えてしまえばいい」
頬へ手を添える。
「顔も」
首元へ指を滑らせる。
「身体も」
胸へ手を当てる。
「血も」
そして小さく笑った。
「記録も」
その笑みは、子供が新しい玩具を見つけた時のように無邪気だった。
「そうすれば、誰も私だとは気づかない」
ヴァレリーは静かに目を閉じる。
「今度はこちらから、あの少女に会いに行きましょう」
口元がゆっくりと吊り上がる。
崩壊する研究所の轟音さえ、その期待をかき消すことはできなかった。
――だが。
その願いが叶うことはない。
数分後。
制御を失ったブリアンの宇宙船が、この研究所へ墜落する。
轟音とともに施設は崩れ落ち、すべてを炎が飲み込む。
ヴァレリーは、その結末をまだ知らない。
知っていたとしても、最後まで笑っていたのかもしれない。




