第四十六話 閃光
「どうしよう!」
ブリアンが墜ちた直後だというのに、エチカの声はさらに切羽詰まっていた。みるみるうちに血の気が失われていくのが分かる。
「何があったんだ」
問いかけると、エチカは一瞬、呼吸すら忘れたみたいに固まった。張りつめた沈黙が数秒続き、そのあと震える声が漏れる。
「エチカ……計算、間違えてたかもしれない」
胸の中で、何かが嫌な音を立てた。
「間違ってたら、どうなるんだ」
「ブリアンの船みたいに……なるかもしれない……」
船内が警告色に染まるより早く、エチカの指が狂ったような速度でキーを叩き始めた。焦りの音が、まるで船体を震わせているみたいに響く。
その必死な背中を見て、俺は自分に腹を立てた。俺はいつもエチカに頼ってばかりで、今だって椅子に座って震えているだけだ。
――力になりたいのに。
――何もできない自分が、悔しくてたまらない。
エチカは「どうしよう、どうしよう……この軌道内に入っちゃったから脱出も無理だ……」と小さく呟きながら、限界を超えた速さで頭を回転させていた。
神様なんて信じてない。だけど、それでも願わずにはいられなかった。
――誰か、この子を助けてくれ。
その瞬間、エチカの指がぴたりと止まった。
ゆっくりと俺の方を振り向き、涙で光る目のまま歩み寄ってくる。
「……ごめん、ジーノ……。エチカ……ぐずっ……ちゃんと計算できてなかった。全部……エチカのせいだよ……」
その涙を見た瞬間、胸の奥が締めつけられた。あれは責任や恐怖を超えて、自分自身を罰してしまうほど追い詰められた顔だった。
――なら、俺にできることはひとつだ。
「何言ってんだよ」
俺はそっとエチカの肩に手を置いた。
「エチカは、俺をここまで連れてきてくれた。母さんや父さんの仇だって、一緒に取ってくれた。ありがとう。本当に」
ブリアンは自分から破滅に突っ込んでいっただけだ。エチカが直接仇を取ってくれたわけじゃない。それでも彼女がいなければ、俺は何一つ成し遂げられなかっただろう。
窓の外を見ると、銀色の惑星スラグが広がっていた。遠くから見る自分の故郷は、こんな美しい色をしていたのかと、思わず息を呑む。
「何があっても一緒にいる。だから泣くな」
そう言った途端、エチカの涙が決壊した。
ぽろぽろと真珠のような雫がこぼれ、彼女は泣きじゃくりながら俺に駆け寄ってくる。
その瞬間だった。
エチカの胸元のキューブが震え、涙に吸い込まれるように跳ね上がった。
「!」
キューブが涙に触れた途端、眩い閃光が視界を飲み込んだ。押し込めていた光が一気に破裂したみたいな、純白の爆発。
思わず目を閉じる。何秒か、あるいは何分か。時間の輪郭が曖昧になるほどの光だった。
やがて輝きが薄れ、恐る恐る目を開ける。
キューブが浮いていた。エチカの胸元の少し上で、静かに、けれど確かに心臓のように脈打ちながら。
「エチカ! 今度は一体何が起きたんだよ!」
「エチカにもわかんないよ〜!」
情けない泣き声が、宇宙船内に響く。
するとキューブが細い光線を放ち、それが一点に凝縮して壁へ伸びる。ぶつかった光は長方形に広がり、古い通信機が周波数を探すようなジジジッという音を立てた。
そして、映像が浮かび上がる。
そこに短髪の女性が映し出された。
「ミル!」
「チセイ!」
俺とエチカの声が同時に重なった。
ずっと会いたかった人が、光の窓の向こうに姿を現した。




