第四十五話 追憶
あの日の空は、今でも信じられないほど澄んでいた。
まるで星々が泣きながら笑っているような、透明で、どこか胸を刺す光を放っていた。
惑星スラグで一番背の高い給水塔。その頂上に、ひとりの少女が立っていた。
ルイーズ。
心の中でその名をそっと呼ぶだけで、幼いころの私の胸は不思議と締め付けられた。
理由なんて、考えるまでもなかった。ただ、抗えないほど惹かれていた。
地上から彼女を見上げた瞬間、私は息を呑んだ。
高所に吹く風が彼女の髪をさらい、星の光を拾って銀の輪郭を描き出す。
その姿は、惑星スラグの女神のようだった。スラグの夜空を統べ、星の軌道にさえ干渉できるのではないかと思えるほど、圧倒的で、完璧だった。
生まれながらに特別な何かを宿した者。
私にはないものを、当たり前のように持っている存在。
ルイーズはふいに気づいたようにこちらを振り返り、夜の光よりも眩しい笑顔を向けてきた。
「この星を見に来たの? 君も、ここまで」
風に溶けたその声は、星の欠片が耳元で弾けるみたいに軽やかで、胸の奥に染み込んだ。
言葉が喉につかえて出てこない私に、彼女は続けて言った。
「スラグで星を見るなら、ここがベストスポット。平らで、登れて、誰にも邪魔されない。ねえ、よかったらこっちに来ない?」
そう言って、私に真っ直ぐに手を差し伸べてくる。
「一緒に星を見よう」
その瞬間の光景を、私は今でもありありと思い出せる。
あれは、私の人生で最も美しい記憶だ。
星と少女が溶け合い、私がずっと求めていた何かの形が、初めて輪郭を持った夜。
だが──
人間というものは、手に入れたと思った瞬間に、最も大切なものを指の間からこぼしてしまう生き物だ。
◯●◯
目を開けた瞬間、四方八方を星が埋め尽くしていた。
音一つない深淵のただ中で、私は重さを失った身体を宙に漂わせていた。
「あぁ……これは……あの時の光景か」
思わず声が漏れた。胸の奥に、忘れたはずの痛みが鈍く揺れる。
瞼を閉じると、あの夜のルイーズの姿が鮮やかによみがえる。
星の海に立ち、迷いなく私へ手を差し伸べてきた少女。
夢だったのか、現実だったのか。境目がわからなくなるほど、あれは強烈な記憶だ。
そのとき、突然、身体に重力がまとわりついた。体が反転する。
惑星スラグの引力だと、すぐに理解した。
見えない糸を掴まれたように、私は星の世界から引きずり落とされていく。
視界が反転し、落下の感覚が一気に強まる。
闇の底から浮かび上がるように、ひとつの輪郭が見えてきた。
私の屋敷だ。
何度も見慣れたはずの屋根が、星明かりの下でゆっくりと迫ってくる。




