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惑星⭐︎すらぐ!!  作者: 藍川 卯木子


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第四十四話 追撃

 突如、宇宙船が大きく揺れた。

 内臓が持ち上がるような感覚に襲われ、俺は反射的に肘掛けを掴む。


「うおっ!?」


 重力が一瞬だけひっくり返ったみたいだった。


「どうした!?」

「待って!」


 エチカの声が飛ぶ。


「今確認する!」


 焦っているはずなのに、指だけは異様な速さで動いていた。

 パネルを叩くたび薄青い光が走り、天井から後方モニターがせり出してくる。

 そこに映ったものを見た瞬間、背筋が冷えた。

 一機の小型宇宙船。

 まっすぐこちらへ向かってきている。


「あれは……」


 エチカが通信を開く。


「そこの船!」


 声を張り上げた。


「これ以上近づいちゃダメ! この先は軌道が不安定なの! 道筋がわからないまま進んだら歪んだ軌道に巻き込まれるよ」

『その心配は不要だ』


 返ってきた声に、全身が総毛立った。


「……っ!」


 聞き間違えるはずがない。


「ブリアン!」


 胃の奥が重く沈む。

 あの男の声だった。


『ルイーズ』


 静かな声だった。

 だが静かだからこそ恐ろしい。


『今からでも遅くない。私のもとへ戻ってこい』


 まるで恋人を呼ぶような口調だった。

 だから余計に気味が悪い。


「俺は母さんじゃねぇ!」


 気づけば通信機へ怒鳴っていた。

 だが返事はない。

 俺の声なんて聞いていない。

 ブリアンが見ているのは、十数年前に失った幻だけだ。


「ジーノ!」


 エチカが叫ぶ。


「加速する! しっかり掴まって!」

「お、おう!」


 直後、背中が座席へ叩きつけられた。

 モニターに映る景色が伸びる。

 星々が光の線になって流れていく。


『逃がさん!』


 船体が大きく揺れた。


「うわっ!?」


 レーザーだ。

 何十本もの光線が尾を引きながら迫ってくる。

 だがエチカは慌てない。

 機体を滑らせるように操縦し、次々と攻撃をかわしていく。

 左右へ。

 上へ。

 下へ。

 視界がぐるぐる回り、胃が悲鳴を上げる。


「撒けたか!?」

「まだ!」


 エチカが歯を食いしばる。


「しつこい!」


 本当にしつこかった。

 距離を離しても、加速しても、ブリアンの船は執念そのものみたいに食らいついてくる。


『今度こそ逃がさない』


 通信越しなのに、耳元で囁かれた気がした。


『ルイーズ。お前を手に入れるまで、私は諦めない』


 背筋に寒気が走る。

 次の瞬間だった。


「前だ!」


 ブリアンの船が急加速する。

 そして俺たちを追い抜き、そのまま進路を塞いだ。


『降参するなら今だ』


 脅しじゃない。

 あの男は本気だ。

 本気で俺たちを捕まえに来ている。


「エチカ!」

「突っ切る!」


 即答だった。


「スピード勝負!」


 レバーを握る手に力が入る。

 だがその時、モニターの中で異変が起きた。

 ブリアンの船が不自然に傾いたのだ。


「……え?」


 機体が大きく揺れる。

 まるで見えない何かに引っ張られたみたいに。


『なっ――』


 通信の向こうでブリアンの声が途切れる。

 すると、船体から黒煙が噴き出した。


「何が起きたんだ!」


 思わず叫ぶ。


「今なら逃げられる!」


 だが隣を見ると、エチカの顔は真っ青だった。


「どうしよう……」

「何が起きた!?」

「たぶん……」


 エチカの視線はモニターに釘付けだった。


「乱れた重力軌道に入っちゃった」


 声が震える。


「あの状態じゃ……もう……」


 そこで言葉が途切れた。

 説明されなくても分かった。

 助からない。

 ブリアンの船は、もう制御を失っている。

 モニターの中で船体が回転する。

 黒煙を撒き散らしながら、惑星スラグの重力へ引き寄せられていく。


『ルイーズ……』


 最後に聞こえたのは、その名前だった。

 怒りでもない。

 憎しみでもない。

 執着だけを滲ませた声。

 やがて機体は落下を始める。

 ゆっくりと、しかし確実に。


 そして――消えた。


 最後の光の尾が闇に溶ける。

 船内には静寂だけが残った。


「……」

「……」


 あれほど俺たちを苦しめた男が、あまりにも呆気なく消えてしまった。

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