第四十三話 ミラクル☆スペースシップとオリーブの木
「なぁ、エチカ」
「ん? どうしたの、ジーノ?」
先を歩いていたエチカが振り返る。
「出発する前にさ、一回だけ寄りたい場所があるんだ」
「寄りたい場所?」
「あぁ。俺の家」
そう言うと、エチカはぱっと笑顔になった。
「もちろん!」
夕暮れの砂煙の中を歩き出す。
錆びた鉄板の壁。
天井から垂れ下がる古いケーブル。
お世辞にも立派とは言えない。
それでもここは、どんな日でも俺を落ち着かせてくれる場所だった。
「何か地球に持っていきたいものがあるの?」
エチカがきょろきょろ辺りを見回すなか、俺は部屋の奥へ進み、ふと足を止めた。
片隅に置かれた鉢植え。
細長い葉を揺らす小さな木だ。
ミルにもらってから十年。
乾き切ったスラグの空気の中でも、こいつだけは生き続けてくれた。
俺はそっと鉢を持ち上げる。
「これを持って行きたいんだ」
「ミルさんからもらったオリーブの木?」
「あぁ」
自然と口元が緩む。
「大事なものだもんね!」
どんなに荒れた土地でも根を張り続ける。
その姿が、どこかスラグで生きる人たちに似ていた。
きっと地球へ行っても。
こいつがあれば、自分がどこから来たのか忘れずにいられる。
「いいと思う!」
エチカはにっと笑った。
それだけで十分だった。
説明なんて必要ない。
俺たちは隠れ家を後にした。
向かうのは、俺とエチカが出会った場所。
あの日、エメラルド色の流れ星が落ちてきたと思った場所だ。
今思えば流れ星なんかじゃない。
ただエチカの宇宙船が墜落しただけだった。
それでも俺には運命みたいに思えた。
瓦礫の丘を越える。
そこでエチカが立ち止まった。
「それじゃ、見ててね!」
ポシェットから真っ白な球を取り出し、空へ放る。
次の瞬間――。
まばゆい光が弾けた。
「うおっ!?」
思わず目を細める。
光が収まると、そこには本来の大きさへ戻った宇宙船が浮かんでいた。
エチカは宇宙船の扉を開けた。
やはりヴァレリーの研究所で見た仕組みに似ている。
「ジーノ、乗って!」
俺は頷き、船内へ足を踏み入れた。
「広っ……」
思わず声が漏れる。
白を基調にした船内は想像以上に広かった。
どこまでも滑らかな壁。
見たこともない機材。
ほんのり甘い香り。
エチカの世界に足を踏み入れたんだと実感する。
「いつの間に修理したんだ?」
「毎日コツコツだよ」
エチカは得意げに胸を張った。
「そんな時間あったか?」
「えへへ」
何かをはぐらかそうとしている。
俺はそれ以上は追及せず、壁一面のモニターや操作パネルを眺める。
ヴァレリーの研究室ととても似ているのに、不思議と冷たさを感じなかった。
機械なのに、生きているような温かさがある。
きっと作った人間がエチカだからだ。
「ここがメインスポット!」
エチカが両手を広げる。
コックピットは彼女の体格に合わせて作られていた。
まるで遊び場みたいだ。
「確かにエチカ専用って感じだな」
「でしょ! 今、出発準備するから待っててね!」
エチカの指がパネルの上を忙しく走る。
そのたびに淡い光が壁を駆け抜けていく。
俺は鉢植えを床の隅へ置いた。
ふと顔を上げる。
「……なんだこれ」
壁一面にクレヨンの落書きがあった。
ロボ太郎。
謎の数式。
星みたいな模様。
意味不明な生き物。
「エチカ」
「なに?」
「これ全部お前が書いたのか?」
「うん!」
満面の笑みだった。
「全部お気に入りだから残してる!」
「そうか……」
妙に納得してしまった。
「よし!」
しばらくしてエチカが勢いよく振り返る。
「準備完了!」
エチカの額には汗が滲んでいた。
だが瞳は星みたいに輝いている。
「ジーノ、座って!」
「どこに?」
直後。
ゴゴゴゴ、と背後で音がした。
振り返ると床から座席がせり上がってくる。
「……最初から出しとけよ」
「あっ」
エチカが固まった。
「忘れてた!」
「だろうな」
苦笑しながら腰を下ろす。
驚くほど座り心地が良かった。
まるで俺専用に作られていたみたいだ。
「シートベルトも!」
「はいはい」
カチリ、と金属音が鳴る。
エチカは満足そうに頷いた。
「それじゃあ行くよ!」
レバーを勢いよく倒した。
「発進! ミラクル☆スペースシップ!」
「その名前どうにかならないのか?」
「ならない!」
即答だった。
船体が低く唸る。
足元がふわりと軽くなる。
窓の外では、惑星スラグの地表がゆっくり遠ざかっていた。
灰色の街。
錆びた鉄骨。
崩れた塔。
決して豊かな世界じゃない。
それでも。
俺が生きてきた場所だ。
仲間がいて。
笑い合って。
泣いて。
戦った場所だ。
だからもう迷わない。
この星を背負ったまま前へ進めばいい。
船体が光に包まれ浮上すると、惑星スラグは少しずつ小さくなっていった。
その時だった。
ガタン。
不意に船体が大きく揺れた。
「……ん?」
「え?」
俺とエチカの声が重なった。




