第四十二話 別れ
ロボ太郎の駆動音が規則正しく響くたび、胸の奥に張りついていた緊張が少しずつほどけていく。
やがて地面が近づき、機体はガン爺の穴蔵の前へ静かに降り立った。
土と油の混じった匂い。
古びた金属が擦れ、低く唸る音。
「おおっ!」
入口の前ではガン爺をはじめ、エリオットや近所の連中が待っていた。
「ジーノ! 無事じゃったか!」
「お嬢ちゃんも元気そうだな!」
口々に声が飛ぶ。
その瞬間、張り詰めていた神経が一気に緩んだ。
「えっへん!」
隣でエチカが胸を張る。
「エチカがジーノを守ったからね!」
「はいはい」
思わず苦笑する。
「半分くらいは本当だな」
「半分なの!?」
エチカが頬を膨らませた。
その様子を見ていたエリオットが駆け寄ってくる。
「二人とも無事で本当に良かった」
安堵したように肩を落とした。
「もし戻って来なかったらどうするか、みんなで真剣に話し合ってたんだ」
「あぁ……」
胸の奥が少し温かくなる。
だが同時に、研究所で見た光景が脳裏をよぎった。
ヴァレリーの狂気。
そしてエチカの親友のこと。
話すべきか迷ったが、今は別のことを優先しなければならない。
俺は息を整え、みんなを見回した。
「聞いてくれ」
ざわついていた場が静まる。
「俺たちはブリアンの研究所をぶっ壊してきた」
周囲がどよめいた。
「だから、あいつらは俺たちを探し回るはずだ」
拳を握る。
「俺が囮になる。その間にみんな逃げてくれ。ごめん、結局迷惑をかけちまった」
隠れる場所はあるが、逃げる場所はほとんどないに等しい。だから皆、この惑星スラグに残っているのだ。
自分の無力さが鉛のように心にのしかかる。
だが言い終わった途端、エリオットが首を横に振る。
「いや、その必要はないよ」
「え?」
俺は言葉の意味を確かめるように、エリオットの顔を見た。
「僕たちも準備を進めてたんだ」
「準備?」
「あぁ」
ガン爺がにやりと笑う。
「儂らもブリアンにやられっぱなしじゃおらんからな」
「もちろん戦う気はないよ」
エリオットが補足した。
「できるだけ被害を出さないよう、防衛が中心だけどね」
「でもそれじゃ今までと変わらねぇだろ」
思わず言い返す。
するとエリオットは自信ありげに笑った。
「いや、違うよ」
懐から何かを取り出す。
「今度は自分たちで自分たちを守れる。エチカちゃんのおかげで」
手のひらの上に乗っていたのは、オレンジ色の飴玉みたいな球体だった。
嫌な予感しかしない。
「それ……まさか」
「エチカちゃんにもらったんだ」
「ふっふっふ!」
エチカが得意げに胸を張る。
次の瞬間、エリオットがそれを放り投げた。
ぱんっと光が弾ける。
現れたのは、カラフルなオレンジ色のロボ太郎だった。
しかも少し小さい。
なんか可愛い。
「すごいでしょ!」
エチカが両手を広げる。
「みんなでも扱いやすいように改良したんだよ!」
周囲から歓声が上がった。
子供達に何やら配っていたのは知っていたが、これだったのか。
「変な機能ついてないだろうな」
「失礼だなぁ!」
エチカが抗議する。
「悪いことに使わないって約束してもらったもん!」
「本当か?」
俺が睨みを利かせると、エリオットが苦笑した。
「あぁ。悪用した場合は――」
「爆発するよ☆」
「爆発するのかよ!?」
気づけばエチカの首根っこを掴んでいた。
「おい! 何を配ってるんだ!」
「いやーん! 乱暴反対ー!」
エチカがじたばた暴れる。
するとエリオットが慌てて首を振った。
「爆発はしないよ!」
「しないのかよ!」
「私利私欲のために使ったら粘着液になって、数時間拘束するだけ」
「あ、それそれ」
エチカがけろっと言う。
「爆発はちょっと盛っただけ。てへっ♪」
俺は深いため息をついて手を離した。
「頼むから余計なこと言うな……」
そして改めてロボ太郎を見る。
「本当にみんなを守れるんだな」
口にした瞬間、自分がどれだけエチカに頼ろうとしているのか気づいた。
「もちろん!」
エチカが親指を立てる。
「エチカの計画は完璧だからね!」
最初は怪しく見えたその仕草が、今では妙に頼もしかった。
エリオットが俺の肩に手を置く。
「だから安心して行っておいで」
「……地球へ」
地球。
ずっと憧れていた場所。
そしてミルがいるかもしれない場所。
「そうじゃ、ジーノ」
ガン爺は穏やかな笑みを浮かべた。だが、その目元にはどこか寂しげな色が残っている。
「ここの連中には儂が話しておく。子供たちもマールたちも寂しがるじゃろうがな」
「ガン爺……」
「向こうに着いたら連絡するんだよ?」
エリオットが肩を軽く叩く。
「ジーノはそういうの忘れそうだから」
「そんなことねぇよ」
「そんなことあるよ。絶対無事だってことを知らせて」
エリオットの真剣な目に思わず笑ってしまった。
「あぁ、分かったよ」
そう答えると、エチカが俺の腕を引っ張った。
「じゃあ行こう!」
いつもの勢いだ。
「手紙も書くからね!」
「お前、字は書けるのか?」
「失礼だなぁ!」
エチカが頬を膨らませる。
「もし、地球に行くことができたら俺に字の書き方を教えてくれよ」
エチカは膨れていた頬を萎めて、にっこりと微笑んだ。
「もちろん!」
そしてエチカはガン爺たちに視線を向けた。
「それに地球へ帰ったら、惑星スラグの問題だって解決しちゃうんだから!」
「はっはっは!」
ガン爺が豪快に笑った。
「それは頼もしいのぉ」
その笑い声に背中を押されるように、俺は歩き出した。
振り返らない。
振り返ったら、きっと足が止まる気がしたからだ。
背後では、ガン爺の穴蔵の灯りが静かに揺れている。
あの温もりを胸に刻みながら。
俺は仲間たちに見送られ、新しい世界へと足を踏み出した。




