第四十一話 ブリアンとヴァレリー
研究所の空気は、なお戦闘の残滓で震えていた。
擦れた金属の匂い、焼け焦げたプラスチックの臭気、そして煙の奥に潜むアスファルトの臭いが、重く淀んで宙を漂う。
ただ所々にカラフルなスーパーボールが転がっており、まるで凶暴な子供が玩具箱をひっくり返したようにも見える。
また床には気絶した兵士たちも無様に折り重なり、割れた試験カプセルからは濁った液体が粘りを帯びて滴り落ち、瓦礫の谷間に細い池を作っていた。
かつて白く静謐だった実験室は、今や完全に破壊された舞台に変貌している。
その中心で、ただひとり笑っている男がいた。
「凄いぞ、凄いぞ! 私も地球に残っていれば、あれ以上のことができたはずだ!」
ヴァレリーの声は、もはや歓喜ではなく狂気の色を帯びていた。白衣は埃と煤で汚れ、破れた袖が揺れるたび、彼は劇のカーテンコールを受ける俳優のように両腕を大きく広げた。
その醜態を、ブリアンは冷ややかに見つめていた。額に付着した煤を指先で払うが、その手の動きは怒りよりも諦めに近い。
彼の目に映っているのは、研究者ではない。
地球出身の少女が作り上げた兵器に興奮し、自らの幻想に酔いしれる獣、ただそれだけだった。
ただし、ヴァレリーの口にした言葉の端に、奇妙な説得力が潜んでいたことも事実である。
その一瞬の揺らぎが、ブリアンの胸に小さな苛立ちを灯した。
「早くあいつを、ルイーズを捕まえろ!」
怒声が煙に弾かれ、掠れた反響となって戻る。しかしヴァレリーはその指示を受け止めることもなく、虚ろな微笑を保ったまま遠い幻を見つめていた。
「ブリアン様、予算を増やしてください。そして地球に行きましょう」
恍惚とした瞳で、彼は続ける。
「私が想像していた以上に、あの星は進歩しているようです。あの時代遅れだった惑星がですよ!」
その言葉に、ブリアンの胸が静かに泡立った。
怒りと冷笑が混ざり合い、彼の思考を冷たく研ぎ澄ましていく。
ヴァレリーは、ブリアンが追い求めてきた美の本質を理解していない。地球の未来でも、科学の進歩でもない。彼自身が欲しているものは、もっと歪で、もっと個人的で、もっと執念深い。
「もうお前には任せていられない」
低い声が、瓦礫の陰で静かに落ちた。ヴァレリーの狂気に構っている余裕は、もはやない。
「私があいつを捕らえる」
ブリアンは動ける兵士だけを数名選抜し、崩れかけた研究室を無言で後にした。
背後では、ヴァレリーの哄笑が、瓦礫に反響しながら長く尾を引いていた。




