第三十五話 暗闇の底へ
「おい、エチカ! しっかりしろよ!」
俺たちは闇の底へ真っ逆さまに落ちていた。
落下している際に生じる風が鼓膜を震わせ、上下の感覚すら曖昧になる。
腕の中のエチカは、先ほどの衝撃で完全に固まっていた。
俺の声なんて、いまのエチカには届いていない。
「くそっ、仕方ねぇ」
俺は片腕でエチカを抱えたまま、もう片方の手でポシェットを必死に漁った。
ポシェットに手を入れると、見た目以上に容量があることがわかる。
しかし今はそんなことは気にしてられない。
指先に触れたのは、あのプロテクトジェルの小瓶。考えるより先に引っ張り出し、落下地点めがけて力いっぱい投げつけた。
地下は見た目以上に深いらしく、底はまだ遠い。俺はエチカの頭を守るように強く抱きしめた。
――ぽよん。
その弾力に包まれながら落下の衝撃を吸い込まれた俺は、妙な気持ちで胸が締めつけられた。
小さな体で、地球から遠く離れた惑星スラグまで親友を探しに来たエチカ。
だが、その親友は死んでいる。その原因が、あんなゲス野郎のせいだなんて。
だが今は、俺が立ち止まっている場合じゃない。エチカが絶望に沈んでちゃいけない。
俺は、こいつがいたから希望を見つけられた。だから今度は、俺が支える番だ。
プロテクトジェルから抜け出し、俺はエチカをそっと床に立たせた。
あたりは真っ暗で、手を伸ばしても自分の指先すら見えない。
俺は手探りでエチカの肩に手を置いた。
「エチカ、しっかりしろ。アイツの言葉が本当かなんて、まだ分かんねぇだろ」
慰めなんて得意じゃない。言葉がうまく出てこないのが自分でも分かった。
「それにお前の親友の形見、キューブを取り返すんだ。もし本当に死んでたなら、敵討ちしたっていい。俺も一緒にやる。お前が俺を助けてくれたみたいにな」
その瞬間、エチカがぎゅっと抱きついてきた。俺の服を握る手が震えている。
そしてエチカは唇をかすかに震わせながら、言葉を紡いだ。
「チセイのキューブ……取り返したいよ、ジーノ」
「あぁ。俺が必ず取り返してやる」
エチカは顔を上げた。暗くてはっきり見えないが、たぶん泣いている。
「じゃあ、まずはここから脱出だな」
「うん」
「少しは元気出たか?」
エチカは少し間を置いて、いつもの声色で口を開いた。
「元気じゃないけど……でも、よく考えたらチセイ、まだ生きてるかもしれないし!」
そう言って、また俺の服の裾を握りしめた。
「だから、本当のことが分かるまでは、エチカ頑張る」
すると、エチカは急にゴソゴソし始める。たぶんポシェットを漁っている。
「あった! 今、明かりつけるね!」
取り出したのは、普通のライトらしき物だった。
これまでの奇妙な道具群に比べれば、妙にまともで逆にホッとする。
光が一気に広がり、俺は思わず目を閉じた。少しずつ薄目を開けると。
「なんなんだよ、これ」
そこには想像もしなかった光景が広がっていた。
壁も床も、赤黒いシミがべったりと染みついている。
「これは、血の跡だね」
エチカは表情を引き締めた。
「多分、ここに落ちてきた人の血だと思う」
背中に寒気が走った。ここに今まで何人が落とされたんだ。考えたくもない。
だが、エチカの次の一言がその不安を吹き飛ばした。
「でも、ここから出られるよ」
彼女はあっけらかんと笑い、いつもの自称天才科学者らしい自信満々な表情を見せていた。




