第三十四話 チセイの最期
「うそだ」
エチカの声は、震えているのがわかるほど小さかった。
「信じられないか? だが事実だ。私の目の前で肉片と化した。その血と破片の中に、これだけが残っていたのだ。むごたらしい肉の塊と、この宝石の美しさ。その対比は、芸術だったよ」
ブリアンの言葉は、冷気そのものだった。
エチカは首を振りながら、涙を拭うことすら追いついていない。
「嘘だもん!」
叫び声は悲鳴に近い。
そんなエチカの姿を、ブリアンは不気味にほころんだ口元で見下ろしていた。
「信じるかどうかは自由だ。しかし、お前は地球から来た者だろう? このまま生かしておくと、私にとって厄介だ。ゆえにお前たちもあちら側へ送ることにしよう。もっとも、彼女は自ら望んで行ったがな」
言葉の刃を突き立てるような声だった。
エチカの肩がびくりと震える。俺の拳は勝手に握りしめられていた。
「準備は整ったか」
「映像、映ります!」
「よし。このボタンを押すと同時に映せ。絶望に支配された顔を見ながら別れを告げるとしよう」
「はっ!」
部下の返事と同時に、ブリアンがこちらに冷たい視線を落とす。
「さようなら、諸君。良い夢を」
嫌な予感が、背骨をひやりと撫でた瞬間だった。
足元の床が抜けた。
「くそっ! エチカ、しっかりしろ!」
手を伸ばしたが、エチカは虚空に囚われたように反応がない。
床は跡形もなく消え失せ、俺たちは暗闇の縦穴に吸い込まれた。
重力が反転し、視界がぐるりと裏返る。
耳を裂く風の轟音が、世界そのものを引きちぎるようだ。
なんとかエチカを抱きしめ、顔を覗き込んだ。
エチカの顔は青ざめ、魂が消えかけたような弱い光が、その瞳に揺れている。
――絶対に離すもんか。
胸の奥でそう叫んだ瞬間、ブリアンが映るモニターを睨みつけた。
その直後だった。
落下していく暗闇の中で、上方から聞こえるざわめきが、妙に耳に残った。
「ブリアン様、どうかされましたか」
落下しながらも、上で何かが起きているのがわかる。
ブリアンが息を呑むような気配があった。
「……あの女は……誰だ。いや、なぜ……なぜここに……」
ブリアンがそんな声を出すなんて、想像もしなかった。
まるで何かに取り憑かれたみたいにブリアンは震えていた。
「ブリアン様?」
「今すぐ、あの女を確保しろ!」
ブリアンの怒号が響く。
「えっ……?」
「聞こえなかったのか! 最深部に落とした? だからどうした! あの女だけは——絶対に逃がすな!」
ブリアンの声は完全に乱れていた。
そしてあの名前がブリアンの口から零れるのを、俺は確かに聞いた。
「……生きていたのか。ルイーズ……」
その声は、憎悪とも、怯えともつかない歪んだ響きだった。
ブリアンの世界が揺らいでいるのが、離れていてもわかった。
だが今は、それを考えている余裕などない。
俺たちは底の見えない闇へ、なおも落ち続けていた。




