第三十二話 キューブ
「歓迎と言っても、こちらからは君たちの顔が見えないのが残念だな。……おい、まだこちら側のモニターは繋がらないのか?」
低く響くブリアンの声が、スピーカー越しに降ってくる。
芝居がかった口調なのに、妙に温度がない。耳にまとわりつくような冷たさだった。
画面の端で、機材を操作していた男が慌てたように頭を下げる。
「現在調整中です。長らく使用されていなかったので、少々時間が――」
「そうか。まあいい」
ブリアンは興味なさげに言葉を切った。
「そのうち直るだろう」
まるで壊れた玩具の話でもしているみたいだった。
抑揚も感情もない声だけが、無機質な空間に滑っていく。
その時だった。
隣にいるエチカの様子がおかしいことに気づいた。
「……おい?」
エチカの顔色は真っ青だ。
肩は小刻みに震え、瞳はモニターに縫い付けられたまま動かない。
「エチカ、どうした。具合悪いのか?」
肩に触れても反応がない。
まるで魂だけ別の場所へ引きずられているみたいだった。
やがて、かすれるような声が唇から漏れる。
「……なんで……」
息を呑むほど小さな声。
「なんで……それ……」
「何言って――」
問い返しかけた瞬間、エチカが弾かれたように叫んだ。
「なんでチセイのキューブを持ってるの!!」
空気が震えた。
俺は反射的にモニターへ視線を戻す。
ブリアンの首元には、エメラルド色の正方形の宝石がぶら下がっていた。
妖しく脈打つように光っている。
ただの装飾じゃない。エチカが取り乱す理由が、あの石にある。
「ほう」
ブリアンがわずかに目を細めた。
「この宝石の持ち主を知っているのか」
細い指先で、キューブを玩具みたいに弄ぶ。
その目にはその宝石しか映っていない。ただ緑の輝きだけを眺め、酔っているようだった。
「これはある女から奪ったものだ。名までは知らなかったが……チセイというのか」
「チセイはどこにいるの!!」
エチカの声が裂ける。
今まで聞いたことがない声だった。
背筋がぞっと冷える。
だが、ブリアンは眉ひとつ動かさない。
キューブから視線すら外さず、淡々と言った。
「あの女は死んだよ」
一拍置いて、薄く笑う。
「私の目の前で、自爆してな」
あまりにも軽すぎる口調だった。




