第三十一話 地下世界
足を踏み下ろした先の通路は、地上とはまるで別世界だった。
壁も床も無機質な灰色で統一され、一本の直線が奥へ奥へと伸びている。余計な装飾は何一つない。磨き抜かれた床はやけに光を反射して、そこに映る俺たちの影まで異様にはっきりしていた。
天井には照明が等間隔で並び、白い光を寸分の狂いもなく降らせている。
スクラップと瓦礫に埋もれた地上に慣れた目には、この整いすぎた空間のほうがよっぽど不気味だった。
「……なんか、やな感じする」
隣でエチカが眉を寄せる。
俺も同じ違和感を覚えていた。
けど、何が気持ち悪いのか、自分でもうまく説明できない。
「やな感じって、どういう意味だよ」
「うーん……」
エチカは周囲を見回しながら、小さく唸った。
「ここ作った人、すっごく神経質そう」
「神経質?」
「うん。でも、いい意味じゃなくてね」
神経質、って言葉自体は別に珍しくない。
エリオットだって几帳面なところはある。
でも、エチカが言ってるのは、そういうのとは違うらしい。
「悪い意味って?」
俺が聞き返すと、エチカは白い壁を指先でなぞるように見上げた。
「多分、この設計した人って完璧主義なんだよ。ちょっとした乱れも許せなくて、自分のルールだけで全部支配したいタイプ」
「……支配、ねぇ」
「外の世界を汚いって思ってそう。だからここだけ切り離して、“完璧な空間”にしてる感じ」
言われてみれば、その通りだった。
床にも壁にも埃ひとつない。
空気は淀むほど静かで、風の気配すら感じない。
まるで外の世界を徹底的に拒絶して、この場所だけを別世界として保存しているみたいだった。
その息苦しさが、じわじわ胸に広がっていく。
「……趣味悪ぃな」
「エチカもそう思う」
俺たちは警戒しながら通路を進む。
やがて一本道が途切れ、開けた空間へ出た。
「なんだ、ここ……」
思わず足を止める。
広い。
だが、異様だった。
俺たちが入ってきた場所以外に、どこにも扉がない。
逃げ道を最初から消しているみたいな造りに、嫌な汗が背中を伝った。
バッ!
頭上から強烈な光が降り注いだ。
「っ!」
視界が真っ白に染まり、反射的に腕で顔を庇った。
「ま、眩しいよジーノ!」
「ちっ、今度は何だ!」
光に目が焼かれる。
ようやく慣れ始めた頃だった。
ゴウン――。
天井の奥から重たい音が響き、巨大なモニターがゆっくり降下してきた。
ジジッ――パチッ。
画面が点灯する。
映し出されたのは、一人の男だった。
彫りの深い顔立ちに、作り物みたいに整った笑みが張り付いている。
その笑顔が、逆にぞっとするほど不気味だった。
「ようこそ――ネズミさん」
低い声が、静まり返った空間にゆっくり広がる。
耳障りじゃないが、妙に耳に残る声だった。
「私はグライト・ブリアン。君たちを心より歓迎しよう」
その言葉に、背筋が冷えた。
ブリアンの声音には焦りも驚きもない。
まるで俺たちがここへ辿り着くことを、最初から全部知っていたみたいな口ぶりだった。
ぞわり、と嫌なものが背中を這い上がる。
この場所に入った瞬間から、ずっと見られていた――。
そんな感覚が、急に現実味を帯びて胸へ沈んできた。




