第三十話 地下へ
扉を開けると、その先には人ひとり通れるかどうかってくらい細い縦穴が口を開けていた。
側面には、古びた鉄のハシゴが取り付けられている。今にも折れそうな見た目だ。
俺はそっと足をかけ、体重を乗せてみる。
ギシリ――と、嫌な音。
「……まあ、落ちるほどじゃなさそうか」
「本当に? 大丈夫?」
後ろからエチカの声が飛んでくる。
「じゃあ先に行くか?」
「やだ!」
俺は呆れ半分でため息をつき、ハシゴへ手をかける。
「俺が先に降りる。後ろからついてこい」
そう言った途端、背後が妙に静かになった。
「……なんだよ」
振り返ると、エチカがもじもじと足を擦り合わせている。
「その……ハシゴ降りてる時、上見ないでね」
俺は無言でエチカを見た。
白衣をワンピースみたいに羽織ってる格好で、今さら何を言ってるんだこいつは。
「こんな状況で、そこ気にするのか?」
するとエチカは頬をぷくっと膨らませた。
「ジーノってば、デリカシーなさすぎ!」
「はいはい」
適当に返しながら、俺はハシゴを降り始めた。
「ちょ、ちょっと待ってよ~!」
慌てて追いかけてくる音が、頭上でガチャガチャ響く。
だが、降り始めてすぐに気づいた。
思った以上に深く、いくら降りても底が見えない。
「ジーノぉ、まだ着かないの~?」
「ああ。まだ全然だ」
慎重に足場を探りながら答える。
ふと気になって、上へ声を投げた。
「そういや、ロボ太郎はどうした?」
「今はポシェットの中だよ! ミラクル☆スペースシップと同じように、小さくしてあるの!」
さらっと言うけど、やっぱこいつの技術おかしいだろ。
半ば呆れながら、なんとなく上を見上げた、その瞬間。
エチカのポシェットが揺れ、その横で白衣の裾がふわっとめくれた。
……膝丈のズボン。
「おい」
「ん?」
「普通にズボン履いてんじゃねぇか。さっきのやり取り何だったんだよ」
「えっ!? ジーノ見たの!?」
エチカが慌てて裾を押さえようとして――そのまま身体がぐらりと傾いた。
「うわっ!?」
「おい!」
反射的に腕を伸ばし、エチカの腰を掴む。
間一髪、落下は防げた……はずだった。
「きゃーっ! ジーノぉ!」
「暴れるな! 落ちるだろ!」
「わっ!」
そしてハシゴの接合部分が外れ、バランスが崩れた。
俺の手がハシゴから離れた。
「うおおおおっ!?」
「わああああっ!」
二人まとめて、地下の闇へ真っ逆さまに落ちていく。
「エチカ! てめぇのせいだぞ! なんとかしろ!」
「ご、ごめんジーノぉ! でも上向いたジーノも悪いんだからねーっ!」
泣き叫びながらも、エチカは器用にポシェットを漁り始めた。
こんな状況で何してんだこいつ。
「あっ、あった!」
エチカが何かを下へ放り投げる。
「いっけぇー! プロテクトゲル!」
「おい! 本当に大丈夫なんだろうな!?」
「だいじょーぶ!」
満面の笑みだった。
底が目前まで迫り、俺は反射的に目を閉じた。
――ぽよん。
「……は?」
衝撃が来ない。
代わりに、全身が柔らかい何かに包み込まれる感覚が広がった。
恐る恐る目を開けると、透明な膜みたいなものが、俺たちを受け止めていた。
「……助かった、のか」
「だから言ったじゃん!」
エチカが得意げに胸を張る。
「これ、プロテクトゲル!」
「説明しろ」
「えっとね、エチカの部下にアマタギって軟体星人がいて、その人の体液をちょっと内緒で採取して作ったの!」
鼻を擦りながら言う姿に、俺は会ったこともないアマタギへ深い同情を覚えた。
部下の体液を“ちょっと内緒で”ってなんだよ。
そういえば、前にエチカがそんな名前を口にしていた気がする。
「……そいつ、人間じゃねぇのか?」
「人間だよ? ただ星が違うだけで、体質がちょっと特殊なの!」
「ちょっとってレベルじゃねぇだろ」
指先でゲルをつつく。
ぷにぷにしていて、妙に弾力があった。
地球には、こんな質感を持った連中が普通にいるらしい。
「やっぱ地球って、とんでもねぇ場所なんだな」
「うん! 最近は他の星との交流も増えてるし、もっと変わった人いっぱいいるよ!」
「そうかよ……」
自然とため息が漏れる。
外の世界を知らなさすぎる。
こいつといると、それを何度も思い知らされる。
すると、エチカが不意に顔を覗き込んできた。
「ジーノ、大丈夫? どっか痛くない?」
さっきまで騒いでいたくせに、その目だけは妙に真剣だった。
「ああ。平気だ」
俺はゲルから身体を起こし、暗い地下通路の奥へ目を向ける。




