第二十九話 北側の荒地
ガン爺とエリオットに見送られ、俺とエチカはブリアンの要塞北側へ向かっていた。
要塞へ向かう途中、一度だけ治安維持隊に遭遇したが、エチカの変装のおかげか、自分の写真を見せられ「こいつを探しているが心当たりはあるか」と聞かれただけだった。
北側はもともと人通りの少ない区域だが、この辺りは特にひどい。
スクラップの山が幾重にも積み上がり、まるで鉄屑でできた峡谷だ。見慣れた景色のはずなのに、今日は妙に圧迫感がある。
「こんな場所に本当に通路なんてあるのかよ」
思わずぼやく。
だがエチカは返事もしなかった。
「これは違う……こっちは動かされてる……あっ、これもだ」
瓦礫の間をちょこまか走り回り、鉄板やスクラップを次々と調べている。
小柄な体が忙しなく動く様子は、まるで餌を探す小動物みたいだった。
「おーい。聞いてるか?」
「聞いてるよ!」
聞いてない時の返事だろ、それ。
「地下通路、本当に見つかるんだろうな?」
半信半疑で尋ねると、エチカはくるりと振り返った。
「うん!」
即答だった。
「絶対見つかる!」
「なんでそんな自信満々なんだよ」
エチカは腰に手を当て、得意げに鼻を鳴らした。
「だって隠した人、ちょっと手抜きしてるもん」
「手抜き?」
「うん」
そう言って近くの鉄板を指差す。
「ここ見て」
覗き込むと、錆びだらけの表面に一本だけ新しい傷が走っていた。
そこだけ金属の地肌が見えている。
「最近ついた傷だよ」
「分かるのか?」
「分かるよ。この辺の鉄は何年も放置されてるもん。でもここだけ擦れた跡が新しい」
エチカはさらに周囲を見回した。
「この辺って普段ほとんど人が来ないでしょ?」
「あぁ」
「だから隠した人も油断したんだと思う。どうせ誰も見ないからって」
そう言いながら次の傷を見つける。
「あっ、ほら。こっちにも」
しゃがみ込み、指先でなぞる。
「つまり?」
「この傷を辿ればいいの!」
エチカは満面の笑みを浮かべた。
「最近ここを通った人の足跡みたいなものだからね!」
「なるほどな」
正直、半分くらいは理解できていなかったが。
少なくとも本人は確信しているらしい。
俺は肩をすくめ、その後を追った。
それから十分ほど歩いただろうか。
「着いた!」
エチカが突然立ち止まった。
目の前にはスクラップと瓦礫に挟まれた大きな金属板がある。
「ここだよ!」
「ここ?」
「うん。この下」
軽い調子で言う。
「持ち上げてみて!」
言われて改めて見上げる。
どう見ても重そうだ。
厚みもあるし、大人が何人か必要なサイズにしか見えない。
「いや、これ無理だろ」
「いいからいいから!」
妙に楽しそうだ。
嫌な予感しかしない。
だが試すだけ試してみるか。
俺は両手を掛け、力を込めた。
「おっ――」
持ち上がった。
しかも驚くほど軽い。
「あれ?」
勢い余って板が大きく傾く。
「軽っ!?」
思わず間抜けな声が出た。
エチカがケラケラ笑う。
「でしょ?」
「どういうことだよ」
「アルミだから」
エチカは誇らしげにふんぞり返った。
「先に言え」
「言ったら面白くないじゃん」
エチカは楽しそうに板の表面をぺちぺち叩いた。
「見た目だけ重そうに加工してあるんだよ」
「性格悪いな」
「驚きは貴重な経験です!」
なぜか胸を張る。
こういう時だけ妙に年寄り臭いことを言う。
自称四十年以上生きているという話を思い出した。
だがその笑顔は、どう見ても無邪気な少女そのものだ。
「ジーノ!」
不意にエチカが声を上げた。
「見て見て!」
我に返って視線を向ける。
持ち上げた金属板の下。
そこには古びた取っ手の付いた鉄製の扉が隠されていた。
エチカが満足そうに頷く。
「ほらね」
俺は扉を見下ろした。
胸の鼓動が自然と速くなる。
間違いない。
これは――ブリアンの要塞へ続く隠し通路の入口だ。




