第二十六話 ジーノ・オルフェイとエリオット・アスクレー
たったそれだけの返事なのに、胸の奥へ重く沈んでいく。
その時だった。
「なんでですか!」
突然、エリオットが声を荒げた。
思わず振り向く、エリオットが拳を強く握り締め、肩を震わせている。
いつも冷静なエリオットが、こんな顔をするのは初めてだった。
「なんで今まで黙ってたんですか!」
部屋の空気が震えた。
ガン爺は何も言わずただただ俺とエリオットを見つめている。
「僕は……」
エリオットは唇を噛み締める。
「僕は兄だったのに……!」
声が掠れた。
「兄だったのに、ずっとジーノに守られてばかりだった……!」
その言葉に、思わず苦笑が漏れる。
「なんだよ、それ」
「笑い事じゃない!」
「いや、笑うだろ」
肩をすくめる。
「兄だろうが弟だろうが関係ねぇよ。俺は勝手に動いてただけだ」
「でも――」
「それにさ」
俺はエリオットを見る。
「あの日のお前の顔、今でも覚えてるぞ」
エリオットの肩がぴくりと揺れた。
「俺が捕まった時」
「あっ……」
「お前の方がよっぽど酷い顔してた」
「……」
「泣きながら俺の名前呼んでたじゃねぇか」
眼鏡の奥の瞳が大きく揺れ、やがてエリオットの目尻が赤く染まり始める。
「泣くなよ」
「泣いてない……」
「いや泣いてるだろ」
「泣いてないって……!」
声が完全に震えていた。
そんな空気をぶった切るように、明るい声が飛んできた。
「エッちゃん大丈夫だよ!」
エチカはエリオットの服の裾を掴んだ。
「ジーノはもう子どもじゃないんだから!」
「それ、慰めになってるか?」
「なってるよ!」
「なってねぇよ」
思わずツッコむと、エチカはけらけら笑った。
張り詰めていた空気が少しだけ緩む。
俺は息を吐き、改めてガン爺へ向き直った。
「……母さんは、なんでブリアンのところへ行ったんだ」
喉が妙に重い。
「捕まったまま子どもを産むなんて、おかしいだろ」
自分でも分かる。
声が震えていた。
ガン爺は静かに首を振る。
「わからん」
低い声だった。
「わしにも分からんのじゃ」
部屋が静まり返る。
「ルイーズは気の強い娘じゃった」
ガン爺は遠くを見るような目をした。
「じゃが、無茶だけで動く人間ではなかった」
ふと、ガン爺が柱時計へ目を向けた。
古びた時計が静かに時を刻んでいる。
その視線を追って、エリオットが小さく息を呑んだ。
「ガン爺……」
「なんじゃ」
「僕たちを、よくあの時計の前に立たせてましたよね」
一拍置く。
「父さんと母さんが関係してたんですか」
ガン爺は懐かしそうに目を細めた。
「あぁ」
小さく笑う。
「あの二人は、ようあの時計の前で話し込んどった」
「へぇ」
「話し込むだけならよかったんじゃがな」
ガン爺が肩をすくめる。
「口喧嘩もしょっちゅうじゃった。毎回ルイーズの勝ちじゃつたよ」
思わずエリオットと顔を見合わせた。
なんとなく想像できてしまう。
気の強い母親と、苦笑いする父親。
見たこともないはずの光景なのに、不思議と頭に浮かんだ。
「……今日こうして話してしもうた以上、わしは約束破りじゃな」
ぽつりと呟いた。
「許してくれ、ルイーズ」
その声には、十八年分の後悔が滲んでいた。
――コン、コン。
不意に扉を叩く音が響いた。
「ジーノ」
ガン爺が静かに俺を呼んだ。
「お前のために、一人呼んでおいた」
胸がどくりと鳴る。
「以前、ブリアンのもとで働いていた男じゃ」
俺は息を呑んだ。
ガン爺が扉へ向かって言う。
「入れ」
ゆっくりと扉が開く。
姿を現した男を見た瞬間、俺は目を見開いた。
「お前……!」
そこに立っていたのはゴートンだった。
背中を丸め、怯えたように視線を泳がせている。
その姿が現れた瞬間、部屋の空気は再び張り詰めた。




