第二十二話 グライト・ブリアン 三
私室は、要塞の無機質な通路とはまるで別世界だった。
床には深紅の絨毯が敷かれ、壁際には豪奢な調度品が並ぶ。重厚な書棚には古い書物と異星から奪い集めた装飾品が整然と収まり、天井の小さなクリスタルシャンデリアが柔らかな光を落としていた。
灰色の鉄屑に埋もれた惑星スラグの現実を、この部屋だけが拒絶している。
私は肘掛け椅子に深く腰を沈め、首元の緑色の宝石を見下ろした。
エメラルド色の輝きが指先で妖しく揺れるたび、胸の奥に渇きが広がる。
「……美しい」
思わず漏れた声に、自分でも薄く笑う。
この宝石は完璧だ。曇りも歪みもない。
だからこそ、私は焦がれる。
(私も、この輝きのように完璧でなければならない)
いや――それ以上だ。
指先で石を撫でる。
美のためなら何を犠牲にしても構わない。その考えに迷いはない。だが、ふと視線が窓の外へ流れた。
鉄屑の山。
灰色の煙。
終わりなく広がる荒廃。
「……くだらん星だ」
吐き捨てるように呟く。
どれほど資材を集めようと、この惑星の技術では外へ出られない。空を覆う不規則な軌道に閉じ込められ、住人たちは腐った鉄の上で這い回るだけだ。
私はこの要塞だけを磨き上げた。
だが、それでは足りない。
(このままここに埋もれるなど、冗談ではない)
脳裏に、一人の女の顔が浮かぶ。
あの完璧な存在。思い出すたび、憎悪と羨望が絡み合って胸を焼く。
机の上の手鏡を取り上げ、自分の顔を映した。
頬に触れる。ほんのわずかな肌の衰え。それだけで眉間に皺が寄った。
「……まだだ。私は、もっと美しくなれる」
そのとき、扉を叩く音が響いた。
「入れ」
短く告げると、兵士が静かに室内へ入ってくる。
「失礼いたします、ブリアン様」
「何事だ」
兵士は背筋を伸ばしたまま答えた。
「スラム地区の拷問室が破壊されました」
私はゆっくり目を細める。
「……誰の仕業だ」
「ジーノ・オルフェイというスラムの住人です」
差し出されたモノクロ写真を受け取り、視線を落とす。
どこかで見た顔だ。だが、記憶に引っかからない。
「さらに、彼を救出した者が確認されています。三メートル級の巨大ロボットと、それを操縦する子供です」
「巨大ロボット?」
「はい。治安維持隊は、先日の飛来物と関係があるのではと報告しています」
顎に手を当てる。
外部から来た存在――もしそうなら、この停滞した状況を崩せるかもしれない。
「……面白い」
自然と口角が上がった。
「そのまま泳がせておけ」
だが兵士は少し迷ったように口を開く。
「このまま放置してよろしいのでしょうか」
私は喉の奥で笑った。
「あの飛来物、地球から来たものだとしたら私に用があるはずだ。あちらから勝手に姿を見せるだろう」
「……承知いたしました!」
兵士は深く敬礼し、部屋を後にした。
扉が閉まる。
静寂が戻った室内で、私は再び宝石を掌に包み込んだ。
「スラムの鼠どもなど、本来どうでもいい」
緑の輝きを見つめながら、私は静かに笑った。
「……その飛来物。もしかすると、私をあの女へ導いてくれるかもしれんな」




