第二十一話 拷問室
「っ……冷てえ!」
氷水を頭からぶちまけられ、意識が無理やり引きずり上げられた。
霞む視界を開く。
薄暗い部屋だった。
広さは七十平方メートルくらいか。壁も床も湿っぽく、空気が淀んでいる。
「……っ」
腕を動かそうとして、すぐに気づいた。
両手両足が分厚い鎖で拘束されている。
だが、完全には固定されていない。多少なら動ける。
その事実を悟られないよう、俺はわざと力なく項垂れた。
周囲には、血で錆びたペンチやハンマーが無造作に転がっている。
天井からは革鞭や鎖がぶら下がっていた。
「やっと起きたか」
目の前に立っていた男が鞭を握りながら、にたりと笑う。
腰には工具や針金をじゃらじゃらぶら下げ、まるで道具屋だ。だが、その目だけは獲物を前にした肉食獣みたいに爛々としていた。
「ようやく思いっきり痛めつけられるぜ」
待ちわびていた――そんな声だった。
俺は口の端を吊り上げる。
「へっ。やれるもんならやってみろよ」
――バシィッ!!
「ぐっ……!」
背中に灼けるような痛みが走った。
皮膚が裂け、熱い血が背を伝う。
「どうした? さっきの威勢はよぉ」
男が愉快そうに笑う。
「ほら、もう一発だ!」
再び鞭が飛ぶ。
「っ、ぁ……!」
肺が痙攣した。
まともに息ができねぇ。
「はぁ……はぁ……」
それでも睨み返すと、男は面白そうに肩を揺らした。
「少しは気が済んだから質問してやるよ。あのロボット、どこから来た?」
「……知るかよ」
即答した瞬間、また鞭が飛んだ。
「くっ!」
こいつ、楽しんでやがる。
まるで虫の羽でも毟るみたいに。
「いい加減吐けよ。こっちも飽きてきたんだ」
「悪いな。まだ喋る気はねぇ」
鎖を引きちぎる勢いで身体を捻る。
だが届かない。あと数十センチが遠い。
男は鼻で笑った。
「お前みたいなゴミは、生きてるだけで無駄なんだよ」
鞭を肩に担ぎながら、うっとりした顔で続ける。
「ここではブリアン様が絶対だ。あの方に従えば、俺みたいな人間でも上へ行ける。お前みたいに穴蔵で腐って死ぬネズミとは違うんだ」
思わず吹き出した。
「ははっ。金魚のフンより、ネズミの方がまだマシだろ」
「何だとッ!」
男の顔が真っ赤に染まる。
だが鞭は振り下ろさない。
代わりに口元を歪めながら、じりじり近づいてきた。
「わかってるんだよ。本当は羨ましいんだろ?」
「……は?」
「俺たちを。いや、ブリアン様を!」
心底うっとりした声だった。
「俺だって羨ましい! あんなに美しくて、強くて、金も権力も持ってる方を! だから崇めるんだ!」
吐き気がした。
拷問よりよっぽど気持ち悪い。
「なるほどな」
俺は乾いた笑いを漏らす。
「お前がどれだけブリアンに惚れ込んでるかは、よくわかった」
「だろう!?」
「ついでに、ブリアンがどういう奴に慕われてるかもな」
皮肉が通じていない。
男は恍惚とした顔で天井を仰いだ。
「そうだ……! ブリアン様は、俺みたいな者に敬愛されて幸せなんだ!」
狂った笑い声が部屋に響く。
不快極まりない。
だが、おかげで時間は稼げた。
「おい」
「何だ?」
男が顔を戻した、その瞬間。
ガシャン。
「……は?」
鎖が床へ落ちた。
男の目が見開かれる。
「な、いつの間に!?」
「言ったろ」
俺は手首を回しながら立ち上がる。
「腰に色々ぶら下げすぎなんだよ。盗人相手にゃ致命的だぜ」
いつの間にか、奴の腰から細い工具を抜き取っていた。
拳を鳴らす。
「さぁて――ここからが本番だ」
踏み込む。
一瞬だった。
「ぐっ――!?」
拳が奴の顎を突き上げる。
骨を砕く感触。
男の身体が宙に浮いた。
さらに脇腹へ叩き込む。
「がはっ!」
吹き飛んだ男が床を転がった。
「どうしたよ」
俺は肩を鳴らす。
「ブリアンの部下って割には、大したことねぇな」
「くそっ……おい! 見張り! 何してやがる、助け――」
言葉が途中で止まった。
返事の代わりに聞こえたのは、重い衝撃音。
ドゴン!!
壁が震えた。
「……なんだ?」
すると、轟音とともに壁が爆ぜる。
瓦礫が吹き飛び、冷たい風が雪崩れ込んできた。
「いっけーっ! デラックス⭐︎ロボ太郎ー!!」
聞き覚えのある甲高い声。
「……は?」
土煙の向こうに現れたのは、巨大な鋼鉄の影だった。
小さかったロボ太郎が、今や巨人みたいなサイズになっている。
その肩に、淡い緑色の髪を揺らした少女が立っていた。
「エチカ!?」
「ジーノー!!」
満面の笑みで手を振ってくる。
男は腰を抜かしながら叫んだ。
「な、なんなんだお前は――」
最後まで言えなかった。
ロボ太郎の巨大な足が振り下ろされる。
ズドン!!
床が揺れ、男はそのまま沈黙した。
入口の見張りも壁際で伸びている。
最初の音は、あいつを潰した音らしい。
「ジーノ! 助けに来たよ!」
エチカが嬉しそうに身を乗り出す。
瓦礫の埃の中で揺れる髪が、妙に綺麗だった。
だがすぐ我に返る。
「……どうやって俺の場所を突き止めた?」
「えへへ〜」
エチカがポシェットから小さなモニターを取り出した。
中央で黄色い点が点滅している。
「なんだそれ」
「ジーノに発信機つけといたの!」
「は?」
言われて慌てて服を見ると、裾の裏に小さなチップが貼り付いていた。
「いつの間に……」
「えへへ!」
得意満面で胸を張る。
呆れるしかない。
「……まぁいい。とにかく逃げるぞ!」
「うん! ロボ太郎に乗って!」
俺は巨体の肩へ飛び乗った。
「つーか、いつの間にこんなデカくしたんだよ」
「エチカなら朝飯前です!」
胸を張る姿に、思わず苦笑が漏れる。
その直後だった。
「っ……!」
背中に激痛が走る。
視界がぐらりと揺れた。
「ジーノ!?」
エチカの声が遠い。
鞭で裂かれた傷が熱を持ち、身体から力が抜けていく。
薄れていく意識の中、最後に見えたのは――必死な顔で俺を覗き込むエチカだった。




