表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
惑星⭐︎すらぐ!!  作者: 藍川 卯木子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
20/51

第二十話 ゴートン

 俺はガン爺にゴートンの棲家の正確な場所をたずねた。

 古びた羊皮紙の地図をなぞっていたガン爺の指が、途中でぴたりと止まる。深い皺の影が、いつもより濃く見えた。


「ジーノ。お前が何をしようと、わしは止めん。だが――」

「ブリアンに関わってほしくないんだろ」


 思わず言葉を被せる。

 ガン爺は少し目を伏せ、それから小さく息を吐いた。


「……わかってる。でも、もう決めたんだ。心配ばっかりかけて、ごめん」


 昔、ガン爺はレジスタンスを率いてブリアンに刃向かった男だった。

 けれど、ある日を境に武器を捨てた。今のガン爺は、戦う老人じゃない。住人を生かすために知恵を絞り続ける、この街の守り人だ。


 最初は臆病者だと罵る連中もいた。

 それでも、今こうしてスラグで暮らしていけるのは、間違いなくガン爺のおかげだった。


 だからこそ、俺がブリアンに近づくことを恐れる理由も、ただの親心だけじゃない気がしていた。


「情けねぇ話だけどさ。今はエチカに頼るしかない。でも、俺も俺で、できるところまではやってみたいんだ」


 ガン爺はしばらく黙り込み、やがて低く言った。


「……お前が無事なら、それでええ。無理だけはするな」

「ああ」


 穴蔵を出ると、冷えた風がフードを揺らした。

 俺は深く被り直し、周囲を警戒しながら歩き出す。

 その横で、エチカは妙に機嫌が良かった。


「ねぇジーノ。お爺ちゃん、すっごく心配してたね」

「まあな。昔っから心配かけっぱなしだ」


 肩をすくめると、エチカが横から顔を覗き込んでくる。


「でも大丈夫! エチカがついてるから!」


 さっきもガン爺の前で同じことを言っていた。

 あの時、ガン爺は皺だらけの顔を崩して笑っていたっけ。

 俺はちょっと気恥ずかしくなって、鼻の頭を掻く。


「……頼りにしてるぜ」


 その瞬間、エチカの瞳がぱっと輝いた。


「もちろん! エチカにまかせなさい!」


 くるりと回るたび、淡い緑色の髪がふわりと舞う。

 その能天気さに、少しだけ肩の力が抜けた。


 やがて、ガン爺が示した場所へ辿り着く。

 廃材を積み上げただけの小屋が、岩陰にへばりつくように建っていた。遠目には、ただの打ち捨てられた空き家にしか見えない。


 俺は扉の前で立ち止まり、ガン爺から教わった合図を思い出した。


 トントン、トトトン。


 拳で叩くと、しばらくして扉が軋みながら開く。

 現れたのは、ガン爺よりさらに痩せ細った老人だった。

 白髪が顔を覆い、影みたいに頼りない。


「……ガン爺さんから、話は聞いている」

「ああ。俺がジーノだ」


 そう言ってフードを外した瞬間だった。


「……っ!」


 ゴートンの目が大きく見開かれる。

 まるで亡霊でも見たみたいな顔だった。


「き、君は……」


 声が途切れ、膝が揺れる。


「おい!」


 倒れかけた体を慌てて支える。骨ばった肩は驚くほど軽かった。


「エチカ! 水!」

「うん!」


 エチカは小屋の中へ飛び込み、すぐにピッチャーを抱えて戻ってきた。


「ジーノ、お水!」


 ゴートンの口元へ水を運ぶ。


「ゴホッ……ゴホッ……」


 何度か咳き込みながら水を飲み、ようやく呼吸が落ち着いた。


「……すまない。もう大丈夫だ」


 そう言って立ち上がる姿は、まだ少しふらついていた。


「中へ入れ。立ち話もなんだ」


 俺たちは小屋の奥へ通された。

 埃をかぶった家具と古い書類が散乱していて、人が暮らしているというより、過去にしがみついているような部屋だった。


 椅子に腰を下ろすなり、俺は切り出した。


「単刀直入に言う。俺たちはブリアンの屋敷に入りたい。アンタ、行き方を知ってるんだろ」


 ゴートンは黙ったまま俺を見る。

 その目は濁っていない。ただ、底の見えない井戸みたいに静かだった。


「……知っていたとしても、教えることはできん」

「なんでだよ」


 俺は思わず身を乗り出す。

 ゴートンの肩がわずかに震えた。


「アイツは狂っている。常軌を逸している。関わるべきではない」

「そんなこと言われたって、俺はまだブリアンに会ったことすらねぇんだ。だから、自分の目で確かめる」


 強がるように笑ってみせる。


「……まあ、できれば会いたくもねぇけどな」


 本音だった。

 胸の奥を、冷たい不安がじわりと這っていく。


 その横で、エチカが小さく手を挙げた。


「あのね、エチカたち、ミラクル☆スペースシップを直したいの。そのために必要なものがあって……だから、どうしてもブリアンのところに行かなきゃいけないんだ」


 必死な説明だったが、ゴートンは首を横に振る。


「ダメだ」

「なんでだよ!」


 拳を握る。

 机を叩きつけたい衝動を、必死で押さえ込む。

 長い沈黙のあと、ゴートンは目を伏せた。


「……ここまで来てもらって、本当に申し訳ない。だが、君たちみたいな若い者を、あんな地獄に巻き込みたくないんだ」


 その声を聞いた瞬間、悟った。

 これ以上言っても無駄だ。

 俺たちは小屋を後にした。

 背後で扉が軋みながら閉まる音が、妙に胸に残る。


「結局、収穫なしか」


 歩きながらぼやくと、エチカは両手を後ろで組んだまま、やたら上機嫌だった。


「えー? エチカはそう思わないよ?」

「なんでだよ」

「だって、あのお爺さん、“教えられない”って言ったんだよ? つまり、行き方は知ってるってことでしょ!」


 言われて、思わず噴き出した。


「……確かに」


 完全な空振りってわけじゃない。

 ブリアンの屋敷へ繋がる道は、確かに存在している。

 顎に手を当てて考え込んだ、その時だった。


「エチカ、隠れろ!」

「えっ?」


 エチカが振り返る。

 だが俺の声の切迫感を察したのか、すぐに顔色を変えた。


「早く!」


 背中を押すと、エチカは近くの錆びたコンテナへ滑り込む。

 その直後、通路の向こうから黒服の男が現れた。


「やっと見つけたぜ、ジーノ・オルフェイ」


 下卑た笑み。

 今朝、俺を追い回していた治安維持隊の男だ。


「朝はずいぶん楽しませてくれたじゃねぇか」

「俺は何もしてねぇよ」


 平静を装って肩をすくめる。

 だが背中を冷たい汗が流れていた。


「おい。さっき一緒にいたガキはどこだ?」


 心臓が嫌な音を立てる。


「……子供にまで手ぇ出すのかよ」

「安心しろ。ガキに用はねぇ」


 男は口元を吊り上げた。


「俺たちに噛みついてきた、あのガラクタの方だ」


 ロボ太郎のことか。

 どうやらエチカが操っていたとは気づいていないようだ。


「さあな。スクラップが勝手に動いたんじゃねぇの?」

「へぇ。でも、どう見てもお前を庇ってたぜ?」


 黒服の目が細くなる。


「もしかして、あれが先日の飛来物だったりしてな」


 胸がどくりと跳ねた。

 だが、口は閉ざしたまま。


「……だったら、どうする」

「決まってるだろ」


 男がにやりと笑う。


「お前を拷問室に連れてく」


 その瞬間、背後に気配。

 振り返るより早く、鈍い衝撃が後頭部を叩きつけた。

 視界がぐらりと傾く。

 崩れ落ちながら、俺は必死にコンテナの方を見る。


 頼む。

 エチカには気づくな。


 その願いだけを最後に、意識は暗闇へ沈んでいった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ