第十九話 ブリアンの屋敷
外がやけに騒がしい。
その音に、胸の奥がざわついた。
嫌な予感に引きずり上げられるみたいに、俺は目を覚ます。
ドンッ!!
扉を乱暴に叩く轟音が響き、眠気なんて一瞬で吹き飛んだ。
「……朝っぱらから、なんの騒ぎだよ」
気怠げな声を作りながら身を起こす。
横を見ると、エチカはまだ毛布にくるまって、小さな寝息を立てていた。
起こさないようにそっと立ち上がり、俺は扉を開け放つ。
そこに立っていたのは、黒い軍服姿の男が二人。
片方は、まるで壁みたいな巨漢だった。
肩幅も腕も異常に太く、立ってるだけで威圧感がある。
「先日、この区域に落下した飛来物について聞きたい」
低い声が響く。
「貴様、何か知っているか?」
吐き捨てるような物言いだった。
俺は無言で視線を逸らす。
すると、隣の男が帽子を外し、にやりと笑った。
……ああ、こいつか。
あの泥棒女の嘘を真に受けて、俺を捕まえた奴。
相変わらず、虫みたいに不快な笑い方をしてやがる。
「よう、ジーノ・オルフェイ」
男が肩を揺らして笑う。
「傷はもう治ったか?」
挑発を無視して、俺は淡々と答えた。
「知らねぇな」
「……は?」
「用が済んだなら帰れって言ってんだよ」
俺の言葉が癇に障ったのか、巨漢の手が俺の胸ぐらを掴み上げた。
「誰に向かって口を利いている!」
息が詰まるほどの握力。
その横で、もう一人がせせら笑う。
「やめとけって。こいつ盗人だからよ。まともな教育受けてねぇんだ」
俺は口の端を吊り上げた。
「へぇ。そんな盗人相手に朝から二人がかりか」
「……なんだと?」
「お前ら、思ったより暇なんだな」
二人の顔色が変わる。
「殺されてぇのか!」
「またボコボコにされたいらしいな!」
拳が振り上がる。
俺は小さく息を吐き、覚悟を決めて目を閉じた。
――だが。
いつまで経っても衝撃が来ない。
「なっ!? なんだこいつ!」
慌てた声が響く。
目を開けると、そこにはロボ太郎がいた。
小さな金属の身体で、二人の足元を縦横無尽に駆け回っている。
カシャッ!
カカカッ!
俊敏すぎる。
しかも動きが妙に洗練されていて、まるで格闘技の型みたいだった。
「このガラクタ、ちょこまかと!」
「待てコラ!」
ロボ太郎は小さく電子音を鳴らすと、挑発するみたいに兵士たちの足元をすり抜ける。
そして、そのまま外へ猛ダッシュした。
「あっ、逃げた!」
「追え!」
砂煙を巻き上げながら、二人の姿が遠ざかっていく。
静けさが戻った部屋で、俺はようやく息を吐いた。
「……助かった」
ふと、部屋の奥を見る。
寝台の毛布が、不自然にもぞもぞ動いていた。
「おい」
毛布をめくる。
すると、中からエチカがぴょこんと顔を出した。
「ジーノ! だいじょーぶ!?」
満面の笑み。
手にはリモコン。
案の定だった。
「アイツら、かなり遠くまで追い払ったよ!」
親指を立てる。
「ロボ太郎も無事です!」
「……お前なぁ」
呆れながらも、自然と笑いが漏れる。
「まぁ、助かった。ありがとな」
「えへへ!」
「でも、また来るかもしれねぇ」
俺は入口へ目を向けた。
「入り口、隠し直すぞ」
スクラップで住処を覆い、地形そのものを偽装する。
スラグの住人にとっては、生き延びるための日常の知恵だ。
もっとも、治安維持隊が本気を出せば、こんな隠れ家なんて簡単に吹き飛ぶ。
……なのに、ブリアンはそうしない。
わざわざ俺たちを生かしているみたいに。
「なぁ、エチカ」
「なぁに?」
スクラップを積み直しながら、俺はふと思い出したことを口にした。
「昔、この辺にブリアンの部下だった男が流れ着いたことがあるんだ」
「へぇー」
エチカはまだリモコンの操作を続けている。
「ある日突然現れてさ。ガン爺に、“ブリアンの目の届かない場所へ隠してくれ”って頼み込んだ」
「ミルさんみたいだね」
「ああ」
俺は顎に手を当て、記憶を探る。
「でもミルと違って、そいつは……異常なくらい怯えてた」
「名前は?」
「確か、ゴートン」
その名前を口にした瞬間、胸の奥で何かが引っかかった。
……もしかしたら。
「一か八かだが、そいつに会ってみるか」
「おお!」
エチカは持っているリモコンを手から離した。
「ブリアンの屋敷について、何か知ってるかもしれねぇ」
「そうだね!」
即答だった。
勢いよく拳を握るエチカに、俺は苦笑する。
「まぁ期待はするなよ。あの時のガン爺も、ほとんど話を聞き出せなかったらしいし」
「だいじょーぶ!」
エチカがびしっと前を指差す。
「それじゃ、ゴートンさんのところへレッツゴー!」
「軽いなぁ、お前……」
笑いながら荷物をまとめる。
そして俺たちは、スクラップの陰からそっと抜け出した。
朝靄の残る荒れ地を踏みしめながら、ゴートンの居場所を聞くため、再びガン爺のもとへ向かった。




