第十八話 オリーブの木
「ふむふむ……なるほど!」
エチカが腕を組み、顎に指を当てながら大きく頷いた。
「だからジーノのお家にはオリーブの木があるんだね!」
妙に探偵じみたポーズだ。
小さな身体で大真面目な顔をしているせいで、なんだかおかしくなる。
思わず肩の力が抜けた。
――ミルのことを、こんなふうに誰かへ話したのは久しぶりだった。
あいつがいなくなったあの日。
幼かった俺は、ただ置いていかれたんだと思っていた。
その感情をずっと胸の奥に押し込めて、誰にも触れさせないようにしてきた。
「ジーノは、そのミルさんを探したの?」
エチカが首を傾げる。
「あぁ」
俺はオリーブの鉢へ目を落とした。
「けど、子どもの俺に出来ることなんて大したことなかった」
「例えば?」
「町中の連中に聞き回ったり」
「うんうん」
エチカは大きくうなずいた。
「あと、ブリアンの屋敷に忍び込もうとした」
「えぇっ!?」
エチカの目がまん丸になる。
今思い返しても、馬鹿みたいな行動だった。
「でも屋敷に近づく前に部下に捕まってな」
「捕まったの!?」
「ボコボコにされた」
「うわぁ……」
エチカが顔をしかめる。
「ミルはブリアンに追われてるって言ってたから、あいつが捕まえたんだと思ってた」
けれど結局、何も分からなかった。
残ったのは痛みと悔しさだけ。
俺は静かに葉先を撫でる。
「だから俺は地球に行きたい」
ぽつりと呟く。
「ミルが話してた景色を見たいってのも本当だ。でも……もしかしたら、あいつは地球に戻ったんじゃないかって思ってる」
言い終えた瞬間だった。
ぱんっ!
エチカが勢いよく両手を打ち鳴らした。
「わかった!」
「お、おう?」
「エチカ、ジーノを地球に連れてく!」
びしっと俺を指差す。
「それでミルさん探す!」
あまりに真っ直ぐな言葉だった。
迷いも、不安も、欠片もない。
その勢いに、思わず吹き出してしまう。
「ははっ……なんだそれ」
「任せて!」
エチカは胸を張る。
小さい背中なのに、不思議と頼もしく見えた。
「あぁ、頼む」
「うん!」
元気よく頷いたあと、エチカは「あっ」と声を上げた。
「それに、チセイも見つけないと」
「チセイ?」
「エチカの親友!」
エチカは得意げに言う。
「だから、チセイならミルさんのこと知ってるかも!」
「……そうだったな」
俺は小さく頷く。
「ミルもお前の親友も探さねぇと」
「うん!」
さっきまでの勢いそのままに頷いたエチカだったが、次の瞬間にはしゅんと眉を下げた。
「でもねぇ……」
「なんだよ」
「部品は結構集まったんだけど、この惑星の正確な軌道データがないんだよね」
「あー……」
それは流石に難しい。
「そんなもん、道端には落ちてねぇだろ」
「うん。たぶん、この星で一番技術がある場所にしかないと思う」
一番技術力がある場所。
その言葉で浮かぶ場所なんて、ひとつしかなかった。
「……ブリアンの屋敷か」
分厚い外壁。
巨大な鉄柵。
そして、研究施設を兼ねているという噂。
本当の中身を知る奴はほとんどいない。
「明日、ガン爺に聞いてみる」
俺は壁にもたれながら言った。
「あの人なら、この惑星でブリアンについて一番詳しい」
「うん……」
返事をしたエチカが、小さく目をこする。
「眠いのか?」
「ちょっとだけ……」
そう言いながら、大きなあくびを噛み殺した。
俺は立ち上がり、毛布を引き寄せる。
「今日はもう寝るか」
「はーい……」
エチカはころんと横になった。
さっきまで騒がしかったねぐらが、急に静かになる。
入口の隙間から差し込む月明かりが、オリーブの葉を銀色に照らしていた。
葉は風もないのに、かすかに揺れて見える。
俺はその光景をしばらく眺めてから、ゆっくり目を閉じた。




