第二話 惑星スラグ
「いててて……容赦ねぇな」
唇の端から垂れた血を舌で拭いながら、低く吐き捨てた。口の中に溜まった血を横へ吐き捨てると、錆びた鉄板の床に赤い飛沫が散った。
「あの野郎、散々殴りやがって」
男が言っていたよう、今は独房に空きがないらしい。
俺は散々殴られた後、呆気なく解放された。運がいい方だ。
俺はふと思い出し、手をベルトに這わせた。そして隠し持っていた小型ナイフを抜き取る。それは折りたたみナイフで傍から見ると、木製のキーホルダーのようにも見える。
「これが無事ならまぁ良かったか」
ナイフを元の場所にしまい、拷問室から解放された俺は、肩をぐるりと回しながら、のらりと寝床へ戻った。
寝床は、使えそうなスクラップをかき集めて造った粗末な隠れ家だ。腐食の浅い鉄板を壁にし、屋根は薄いアルミ板を無理やりかぶせてある。洒落た窓などなく、空気がこもれば屋根板を少しずらしてやるだけだ。
内装らしい内装などほとんどない。約百三十センチほどの低木が植わった鉢植えを床に置き、拾ってきたランプをぶら下げ、寝床は鉄くずと古布を重ねてクッション代わりにしている。
「ったく、体が痛ぇ」
惑星スラグの治安維持隊に捕まるのは、これで三回目だ。捕まりかけたものまで数えれば、指なんぞとうに足りない。
一回目は、お人好しの幼馴染を庇った時。
二回目は、ブリアンの屋敷に忍び込もうとした時。
そして今日三回目は、子どもの手から食料を奪おうとした女から、それを取り返した時だった。
結局、俺が食料を取り返して子どもに返してやったってのに、当の女――犯人の方が俺を通報しやがった。
おかげで、俺が子どもから食料を奪った最低野郎ってことになってるらしい。
寝床にいても気分が晴れず、すぐ近くにある一番見晴らしの良い給水塔の上に腰を下ろして、ぼんやりと周囲を見渡した。積み上がった金属くず、ねじれた鋼鉄の梁、瓦礫のような機械の山。どれもこれも、くすんだ灰色の地平線を果てなく埋め尽くしている。
まるで、誰かの記憶の墓場みたいだ。
惑星スラグ――銀河中に放たれた戦争ゴミの最終処分場。
百年以上前の大戦で使い捨てられた兵器や人工衛星、宇宙戦艦の残骸。
それらすべてを金に換えた中立の戦争屋どもが、この辺境の惑星を丸ごと買い取り、廃棄物を無差別に叩き込んだ結果のできあがりだ。
生ゴミこそ扱っていなかったらしく、空気は意外とまともだ。腐臭で気絶しないだけマシだと言うべきか。不発弾も毒ガスも一応は処理済みらしく、爆発四散しない点だけは評価してやってもいい。
戦争が終わって、戦争屋どもが消えたあとに残ったのはこの鉄屑と、権力者にのし上がった者、そしてそいつらのために働かされていた労働者たち。
このスラグを牛耳っているのは、グライト・ブリアンという男だ。治安維持隊なんて立派な名前をつけてはいるが、実際はただの私兵。力のある奴だけがモノを言う世界。
まともな仕事なんて存在しない。ブリアンに忠誠を誓い、尻尾を振る奴だけが贅沢を許される。
「どうすりゃ、こんな星から抜け出せるんだろうな」
何百回と繰り返してきた問いだ。だが答えは一度も出たためしがない。
考えれば考えるほど堂々巡りで、最後は不貞寝に逃げ込むのがお決まりだ。
俺は横になり、空を仰いだ。星が驚くほどはっきり見える。
そしておもむろにナイフを取り出し、星あかりに当てる。
「このままここで朽ちるのかよ」
空へ向けてナイフを伸ばした、その瞬間だった。
まるでナイフの切先から、眩い閃光が走ったようだった。白い線が夜空へ一直線に弾け飛ぶ。
「な、なんだ!?」
慌ててナイフを引っ込めると、視界に奇妙な光景が飛び込んだ。
高みに瞬いた光が、尾を引きながら降下してくる。エメラルド色に輝く、見たこともない光の塊だった。
「あんな色の流れ星、見たこともねぇ」
胸の奥がざわつき、心が動いた。
「行くしかねぇだろ」
跳ね起きたジーノはスクラップの山を蹴り飛ばし、錆びた鉄と鋼鉄の隙間を縫うように走り出した。迷いも、ためらいもなかった。
目指すはただ一つ、青緑の光が落ちた場所へ。




