第一話 ジーノ・オルフェイ
「ジーノ・オルフェイ! お前みたいなクズが、この惑星スラグから逃げられると思うなよ」
名前を呼ばれ、俺は顔を上げた。
声の主は、真っ黒な制服に身を包んだ治安維持隊の男──典型的な権力を持ったサディストだ。自分より弱い相手には何をしても許されると思っている顔つき。
そういう連中の人相は、だいたい決まっている。
──そんなことは分かってるさ、クソったれが!
喉の奥まで上がってきた暴言を、なんとか飲み込む。
手足は拘束具で固定され、椅子の脚までボルトで床に縫い止められている。反抗しても無駄どころか、拷問のメニューが増えるだけだ。
耐える。今はそれしかできない。
「なんだ、その目は」
男が眉をひそめた。
俺が黙っているだけで気に食わないらしい。
拳を振り上げ、そのまま俺の頬へ叩きつける。視界が一瞬、白く弾けた。唇の内側が切れ、鉄の味がじわりと広がる。
「グライト・ブリアン様直属の治安維持隊に所属してるこの俺様に、そんな生意気な目を向けやがって。刑務所が空いていたら今すぐぶち込んでやるところだ、この盗人野郎が!」
吐き捨てるように言い放ちながら、男は俺の青い髪を乱暴に掴んだ。
「ん?」
すると男は顔を近づけ、舐めるように見つめてくる。
脂ぎった皮膚と濁った眼球が視界いっぱいに迫り、吐き気を覚えた。
「男のくせに、随分きれいなツラしてるじゃねぇか。まぁ、俺もブリアン様も美人な女しか興味ねぇけどよ」
男は口元をねっとり歪める。
──ああ、ダメだ。
そこで理性の糸が、ぷつりと切れた。
「黙れよ、変態野郎」
勢いのまま、そいつの頬へ思いきり唾を吐きつけた。
唾液が飛び散った瞬間、男の表情が一変する。憤怒。あからさまな殺意。
「テメェッ!」
怒声とともに拳が飛んできた。顎、腹、頬、脇腹。怒り任せの打撃が滅茶苦茶に降り注ぎ、呼吸さえまともにできない。
体はぐらつくが、拘束具のせいで倒れることすらできない。
痛みの渦の中、俺はただ奥歯を噛み締め続けた。
──泣き言なんか吐くもんか。
──絶対に、こんな奴の前で折れてやるものか。
俺はジーノ・オルフェイ。
この惑星スラグの底で泥にまみれていようが、まだ生きる価値があると信じている。




