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惑星⭐︎すらぐ!!  作者: 藍川 卯木子


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第十六話 ミル

 十年前。

 俺がまだ九歳だった頃の話だ。


 その日も俺は、給水塔の上でひとり星を眺めていた。

 理由なんてなかった。

 ただ、ときどき胸の奥が妙に空っぽになることがあって、そんな時は決まってここへ来ていた。

 錆びた鉄骨に腰を下ろし、ぼんやり空を見上げる。

 惑星スラグの夜空は汚れている。

 けれど、その隙間から見える星だけは、不思議なくらい綺麗だった。


「君、この辺の住人か?」


 不意に、背後から声が降ってきた。

 俺は反射的に振り返る。

 そこには、フードを深く被った人影が立っていた。


 月明かりのせいで輪郭だけがぼんやり浮かんでいる。

 声は少し女っぽい。でも、顔は闇に溶けてまるで見えない。


 羽織っているマントもフードもぼろぼろで、長旅でもしてきたみたいな格好だった。

 この星じゃ古着なんて珍しくもない。

 けど、そいつの立ち方は妙に隙がなくて、纏ってる空気も普通じゃなかった。


「あんた誰だよ」


 自然と声が鋭くなる。


「人に質問するなら、まず自分から名乗れ」


 この星は、知らない奴を簡単に信用できるほど平和じゃない。

 フードの女は一瞬黙ったあと、くぐもった声でくつくつ笑った。


「ははっ。しっかりしてるな、君」

「笑って誤魔化すな」

「そうだね。えーっと……」


 女は少し考え込む。


「私の名前は……そうだ、ミルだ」

「“そうだ”ってなんだよ」

「よろしく。えっと、君は男の子? それとも女の子?」

「はぁ?」


 なんだそりゃ。

 たしかによく女に間違われる。昔から髪も顔つきも中性的だって言われてきた。

 けど初対面で聞くことか、それ。


「俺はジーノ。ジーノ・オルフェイだ」

「ジーノ・オルフェイか。いい名前だね」

「名前褒めてる場合じゃねぇだろ!」


 思わず声が大きくなる。


「どこから来た。何者だ、お前」


 胸の奥がじりっと熱くなる。

 ブリアンの手下かもしれない。

 この辺りを嗅ぎ回る余所者なんて、それだけで危険だった。

 俺は俺なりに、この街を守ろうとしていた。

 ガン爺も、エリオットも、ここで生きてる連中も。


「あぁ、そうそう」


 ミルは軽く手を打った。


「私は遠くから来たんだ」

「雑すぎる説明だな」

「それで、この辺で一番偉い人に会わせてほしい」


 一拍置いて、ミルは付け加えた。


「ブリアン以外で」


 俺は目を細めた。


「……お前、ブリアンの仲間じゃないのか?」

「違うよ」


 ミルは小さく息を吐く。


「むしろ追われてる側」

「追われてる?」

「だから、誰かに匿ってほしいんだ」


 その声だけは、少しだけ疲れて聞こえた。


 俺は警戒を解かないまま言う。


「お前が悪いやつじゃないって、証明できるか?」

「証明かぁ」


 ミルは少し考え込む。


「難しいね」

「じゃあ無理だ」

「無理じゃないよ」


 フードの奥で、小さく笑う気配がした。


「君が私を信じてくれたら、それで十分だから」

「……は?」

「ジーノなら、大丈夫な気がする」


 意味が分からなかった。


「お前、馬鹿だろ」

「うん、よく言われる」


 あっさり認めたあと、ミルはフードを外した。

 月明かりの下に現れたのは、短い髪をした女だった。

 ぱっと見は少年みたいなのに、笑うと妙に柔らかい顔になる。

 そのままミルは懐へ手を入れ、小さなナイフを取り出した。


「これ、あげる」


 ぽん、と軽い調子で俺の足元へ放る。


「……なんだよこれ」


 拾い上げる。

 手のひらサイズの小型ナイフだった。星明かりを反射して、刃が青白く光る。


「ナイフ」

「見りゃ分かるわ!」


 俺が顔をしかめると、ミルは楽しそうに笑った。


「それを私に突きつけながら、一番偉い人のところまで案内してよ」

「は?」

「怪しい動きしたら、そのまま刺していいから」


 自分の腹を指差しながら、妙に真面目な顔で言う。

 さすがに呆れた。


「……分かったよ。案内してやる」


 俺は立ち上がる。


「でもナイフはいらねぇ。こんなのなくても、お前くらい倒せる」


 そう言って、ナイフを地面へ放り返した。


「そりゃ頼もしい」


 ミルは笑いながらそれを拾う。

 そして今度は、俺の手へ無理やり押しつけてきた。


「護身用に持っときな」

「いらねぇって言ってんだろ!」


 苛立って、差し出された手を振り払う。

 すると刃がひらりと跳ね、ミルの指先を浅く裂いた。


「あ――」


 一瞬、空気が止まる。

 白い指先から、じわりと赤が滲んだ。

 血はほんの少しだった。

 刃についたその血だけが、妙に鮮やかに光って見えた。

 まるで星明かりを吸ってるみたいに。


「……っ」


 胸がひくりと縮む。


「ご、ごめん!」


 思わず声が裏返った。


 違う。

 そんなつもりじゃなかった。


 俺は人を傷つけたかったわけじゃ――


「ははっ、大丈夫だよ」


 ミルは、あっけらかんと笑った。

 痛そうな顔すらしない。


「鞘に入れ忘れてた私も悪いし」


 そう言って懐から革の鞘を取り出し、慣れた手つきでナイフを収める。

 その動作が妙に自然で、さっき血が流れたこと自体、夢みたいだった。


「それにね」


 ミルは少しだけ目を細めた。


「私の血、ちょっと特別なんだ」

「……は?」

「説明は難しいんだけど」


 軽い口調なのに、その目だけ妙に真剣だった。


「だから、持っててよ」


 そう言って、鞘に収まったナイフをまた差し出してくる。

 なんなんだこいつ。

 やたら押しが強い。

 断る隙をまるで与えてこない。

 俺は小さく舌打ちした。


「……わかったよ。受け取ればいいんだろ」


 ナイフを掴む。

 柄は、思ったより冷たかった。


「じゃ、さっさと行くぞ。ミル」

「うん。よろしく、ジーノ」


 そのとき見たミルの笑顔が。

 星明かりのせいなのか、それとも別の何かだったのか。

 妙に鮮やかに、俺の目に焼きついた。

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