第十五話 惑星スラグの住人
エチカは宇宙船の修理に必要な素材を集める一方で、廃材の山から「なんか面白そう!」と思ったものまで次々と拾っていた。
色褪せたケーブル。
欠けた歯車。
薄汚れた金属板。
普通ならガラクタでしかないそれらを、エチカは器用な手つきで組み合わせていく。
気づけば、それは小さなおもちゃへ姿を変えていた。
「えっへん!」
エチカは腰に手を当て、得意げに胸を張る。
「エチカが頑張って作ったから、みんな大事に使うんだよ!」
「はーい!」
子どもたちの返事が穴蔵いっぱいに響いた。
笑い声が金属壁に反響して、やけに明るく聞こえる。
いつの間にかエチカは子どもたちの輪の真ん中にいて、まるで小隊を率いる隊長みたいな顔をしていた。
「見て見て! この子、腕が動くの!」
「うわっ、すげー!」
「こっちは音が鳴るよ!」
「ほんとだー!」
エチカが笑うたび、周りの空気まで柔らかくなる気がした。
俺は壁際に腰を下ろし、黙ってその様子を眺めていた。
この惑星スラグの空気は、いつだって乾いていて、冷たくて、鉄臭い。
なのに今だけは、その空気が少しだけ温かい。
「……ジーノ」
遠慮がちな声が背中に届く。
「きのうは、ありがとう」
振り返ると、そこにいたのは昨日の少年――ニックだった。
俺を泥棒呼ばわりした女から庇ってくれた子だ。
あの後、俺は治安維持隊に連れていかれたから、その後どうなったのか知らなかったが、どうやら怪我はしていないらしい。
「なんだ、無事だったのか」
「うん。ジーノが助けてくれたから……」
ニックは少し俯きながら言う。
俺は鼻で笑った。
「別に礼なんかいらねぇよ」
「でも……」
ニックは不安そうに俺を見上げた。
「ジーノ、悪い人たちに……ひどいこと、されたんじゃないの?」
その声が妙に胸に引っかかった。
俺はしゃがみ込むと、無造作にニックの頭を掴んだ。
「うわっ」
そのまま、ぐしゃぐしゃと乱暴に撫で回す。
「全然へーきだ。ほら、骨も折れてねぇし、ちゃんと立ってるだろ」
わざと軽く言ってやると、ニックは目をぱちぱちさせたあと、ようやく小さく笑った。
「……うん。本当にありがとう!」
そう言って駆け出していく。
「おーいニックー! 次これ作ろー!」
「今行くー!」
エチカたちの輪へ飛び込んでいく小さな背中を、俺はしばらく眺めていた。
――そういや。
ふと、昨日のことを思い出す。
泣きながら俺を指差していた、あの女。
治安維持隊に連れていかれたのは俺だけだった。
じゃあ、あいつは今どうしてる。
胸の奥にざらついたものが残る。
俺が視線を落とした、そのときだった。
「ジーノ。今日ろ過した水だよ」
顔を上げると、マールさんがマグカップを差し出していた。
深い皺の刻まれた顔。けれど笑うと、その目尻は優しく細くなる。
「ありがと、マールさん」
受け取ったカップからは、わずかに湯気が立っていた。
マールさんはエチカたちの方をちらりと見る。
「あの女の子……もしかして治安維持隊が探してる子?」
「あぁ」
「あんな小さい子を追い回して、一体何するつもりなのかねぇ……」
静かな声だった。
けれど、その奥には重い怒りと不安が滲んでいる。
「安心しな。誰にも言わないよ。子どもたちにも口止めしてある」
「助かる」
水を口に含む。
薄い鉄の味がした。
だが、この星じゃ水が飲めるだけでも贅沢だ。
スラグの地下には細い水脈がある。
深く掘り、煮沸して、ろ過して、冷まして――ようやく飲める。
みんな、そうやって生き延びてきた。
「ふふっ」
マールさんが、どこか懐かしそうに笑う。
「ジーノがそんな顔してるの、久しぶりに見たよ」
「そんな顔?」
「楽しそうな顔さ」
思わず眉をひそめる。
「俺が?」
「そうだよ。昔もそんな顔してた」
マールさんはゆっくり続けた。
「ほら、十年くらい前にここへ来た人がいただろう? そのあと行方不明になった……」
「……ミルか」
「そうそう。ミルさん」
その名前を聞いた瞬間、自然とカップを持つ手に力が入った。
「あの頃のあんた、本当に楽しそうだったんだよ」
「……」
「もう八年かねぇ。今頃、どうしてるんだろうね」
喉の奥に、錆びた鉄屑でも詰まったみたいな感覚が広がる。
マールさんはすぐに気づいたらしい。
「ああ、ごめんよ。余計なこと言ったねぇ」
「いや……いいんだ」
俺は小さく息を吐いた。
「もう八年前の話だ。結局、俺は何もできなかった」
そのときだった。
「なに話してるのー?」
どんっ、と軽い衝撃。
振り向く前に、エチカが背中に体重を預けてきた。
「えへへー」
無邪気な笑い声。
さっきまで胸の奥に張りついていた重苦しさが、少しだけ緩む。
マールさんが穏やかに答えた。
「昔ここにいた、ミルさんって人の話だよ」
「ミル?」
エチカが首を傾げる。
「ええ。ジーノと、とっても仲良しだった人」
「ふーん」
興味は持ったらしいが、それ以上は聞かなかった。
「エチカー! ロボ太郎動かなくなったー!」
「いま行くー!」
エチカはすぐに子どもたちの輪へ駆け戻っていく。
その背中を見送りながら、俺は小さく息を吐いた。
やがて、おもちゃ作りも落ち着き、俺たちはねぐらへ戻った。
「ねぇねぇジーノ!」
帰るなり、エチカが目を輝かせる。
「ミラクル☆スペースシップ直すとき、あの広い場所使っていい?」
「あぁ、たぶん大丈夫だ」
棚の上の鉢植えを指先で撫でながら答える。
「やったー!」
ぱっと花が咲いたみたいに笑うエチカ。
その声が消えたあと、俺は少しだけ黙り込んだ。
「……なぁ、エチカ」
「ん? どうしたの、ジーノ?」
青みがかった黒い瞳が、まっすぐこっちを見る。
胸の奥に沈め続けていた言葉が、ようやく形になり始めていた。
「俺が地球に行きたい、本当の理由――」
一度、息を飲む。
「話してもいいか」
それは、自分で閉ざしていた扉を、ようやく開けるような感覚だった。




