第十一話 ガン爺
朝食を片づけると、俺たちはすぐにガン爺のところへ向かった。
ガン爺は、この辺り一帯を取りまとめてる老人だ。
俺を拾って育ててくれた恩人でもある。
裏通りの連中は、みんな爺さんに借りがある。
だから何かあった時は、まず顔を出す。それが俺の中では当たり前だった。
外へ出ると、湿った鉄と油の匂いが鼻につく。
空はいつも通り赤灰色に濁り、朝なのに薄暗い。
錆びた鉄板を継ぎ合わせた屋台や、崩れかけのコンテナ住居の隙間からは、白い蒸気がシューシュー吹き出していた。
普段なら子どもたちが走り回ってる時間だ。
だが今日は妙に静かだった。
「なんか暗いね」
エチカが周囲を見回しながら呟く。
「昨日の騒ぎのせいだろ」
通りのあちこちには、治安維持隊の連中が立っていた。
黒い制服。
背中の銃。
獲物を探すみたいな鋭い目。
住民たちは視線を合わせないよう俯き、余計なことを口にしないよう黙って通り過ぎていく。
嫌な空気だった。
俺はエチカの肩を軽く押し、なるべく目立たない裏道へ入る。
「ジーノ?」
「あいつらと目合わせんな」
「なんで?」
「面倒だからだよ」
エチカは「ふーん」と頷いたあと、こそこそ歩く真似を始めた。
絶対意味わかってない。
しばらく進むと、大きな岩壁の前へ出た。
一見ただの崖だ。
だが壁際の鉄パイプを、決まった順番で叩く。
カン、カカン、カン。
すると低い駆動音と共に、岩壁の一部が横へ滑った。
「わぁ……!」
エチカが目を丸くする。
開いた先から、ひんやりした地下の空気が流れてきた。
「秘密基地みたい!」
「まあ、似たようなもんだ」
中へ入った瞬間、油と金属、それに古い酒の匂いが鼻を掠める。
俺にとっては落ち着く匂いだ。
壁一面には配管や古い計器。
裸電球がぶら下がり、薄暗い光を落としている。
奥の机には紙の地図や通信機、分解途中の銃が散乱し、棚には缶詰や薬瓶が無造作に押し込まれていた。
ここは倉庫で、作戦室で、ガン爺の家でもある。
「おい、ガン爺。ちょっと話が――」
そこまで言って、俺は足を止めた。
「やあ、ジーノ」
落ち着いた声。
奥に立っていたのは、黒髪を綺麗に撫でつけた青年だった。
細身のコートに眼鏡。
真面目そうな顔をした俺の幼馴染――エリオットだ。
「なんだ、エリオット。お前もいたのか」
「今日は朝から騒がしくてね」
エリオットは肩をすくめた。
その奥で、椅子に座っていたガン爺が顔を上げる。
「おお、ジーノ。来たか」
皺だらけの顔が少し緩んだ。
エリオットは腕を組み、真面目な顔で言う。
「昨夜の件、もう知ってるだろ?」
「ああ」
「治安維持隊がかなり神経質になってる。住民にも手を上げ始めた」
「……マジかよ」
思わず声が低くなる。
その時だった。
俺の後ろから、ひょこっとエチカが顔を出す。
「こんにちは!」
空気を読まない明るさだった。
ガン爺とエリオットが、同時に固まる。
「……なんじゃ、この可愛らしい娘っ子は」
「ジーノ、その子どこの子だ?」
二人に見られ、エチカはにこっと笑った。
「エチカだよ!」
「いや名前じゃなくてだな……」
エリオットが困った顔をする。
俺はため息をついた。
「事情がややこしいんだよ」
そこから俺は、エチカが外の惑星から来たこと、乗っていた宇宙船が壊れたことを説明した。
地球だとか、若返り薬だとか、その辺は流石に伏せる。
言ったところで混乱するだけだ。
「だから俺たちは、廃材置き場で部品探すつもりだ。治安維持隊に見つからねぇようにな」
説明が終わると、ガン爺とエリオットは微妙な顔で見合わせた。
「つまり……」
エリオットが慎重に口を開く。
「この子が科学者で」
「うん!」
「宇宙船を作って」
「ミラクル☆スペースシップだよ!」
エチカが元気よく割り込む。
エリオットの眼鏡がわずかに曇った気がした。
「……その、ミラクル☆スペースシップが故障したと」
「そう!」
ガン爺が腕を組んで唸る。
「にわかには信じられんのぉ……」
「俺も最初そうだった」
その間にも、エチカは勝手に机の紙を引っ張り出し、ピンクのポシェットからクレヨンを取り出して落書きを始めていた。
ギュッギュッとクレヨンの音が響く。
「あと、こいつ親友探してるらしい」
「チセイだよ!」
エチカが顔を上げる。
「チセイ……?」
エリオットが眉を寄せた。
「この辺では聞かない名前だな」
「エリオット、お前住民リスト詳しいだろ。知らねぇか?」
「少なくとも最近は聞いてない」
エチカは勢いよく紙を掲げた。
「これがチセイ!」
描かれていたのは、二人の少女が手を繋いでる絵だった。
「……どっちだ?」
俺が聞くと、エチカは自信満々に指差す。
「こっちがエチカで――」
一瞬止まる。
「あれ?」
「おい」
「……やっぱこっちがチセイ!」
しょぼんと机に突っ伏した。
エリオットが小さく吹き出す。
「特徴は?」
「優しい! あとすごい!」
「参考にならんなぁ……」
ガン爺が苦笑した。
エリオットはしゃがみ込み、エチカと目線を合わせる。
「一応、僕の方でも住民リストを当たってみるよ」
「ほんと!?」
エチカの顔がぱっと明るくなる。
「ありがとう、エッちゃん!」
「……エッちゃん?」
エリオットが微妙な顔をした。
俺は思わず吹き出す。
「ははっ、似合ってんじゃねぇか」
「全然嬉しくないんだが……」
珍しくエリオットが疲れた顔をしていた。
ガン爺はそんなやり取りを見ながら、ゆっくり頷く。
「事情はわかった。じゃが、治安維持隊には絶対気取られるなよ」
「わかってる」
俺が頷くと、ガン爺はふっと息を吐いた。
「ジーノ、エリオット。柱時計の前に立て」
「またそれかよ」
止まった柱時計。黄ばんだガラス。爺さんは、昔から俺とエリオットを見ると、なぜかそこに並ばせた。理由は一度も教えてくれねぇ。
二人で立つと、その対比は自分でも笑うほどはっきりしてる。 エリオットはすらりと背が高く、俺は……まあ、適度。
するとエチカがぴょんと飛び込んできた。
「じゃあエチカ真ん中!」
俺とエリオットの間に収まって、満足そうに笑う。
ガン爺が目を細めた。
「ほっほ……賑やかでええのぉ」
その声を聞いていると、油臭い空気まで少しだけ温かく感じた。
しばらく話したあと、俺たちは穴蔵を出る。
背後では、止まった柱時計の前に立つガン爺の姿が、小さくなっていった。
「さて」
俺は腰のポーチを締め直す。
「ゴミ漁りでも始めるか」
「違うよ!」
エチカが即座に反応した。
「宝探し!」
「はいはい、宝探しな」
肩をすくめると、エチカは満足そうに笑う。
そして小走りで、俺の隣へ並んできた。




