表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クロノ・リベンジャー  作者: 月下三星


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/7

第二話「時間の外側」

 母の声が、耳に残っている。

 間に合わない。間に合わない。間に合わない。


 眠れなかった。布団の中で天井を見ていた。部屋の時計は正常に動いている。今夜は。

 かちかちかちと右に進んでいる。俺が見張っているときはいつもそうだ。あいつが逆に回るのは、俺が他のことを考えているときだけだ。まるで、隙を突くみたいに。


 スマートフォンの通話履歴には「発信者不明」が残っている。番号もない。ただ、時刻だけがある。午後6時17分。3分14秒。その長さだけが、本物だったことの証拠だ。


 俺は起き上がった。


   ◇◇◇


 目を閉じた。


 あの夜の匂いを、意図的に引き出す。焦げた金属。濡れたアスファルト。白い花。脳の奥が、じりじりと熱くなる。怒りじゃない——もっと深いところにあるもの。喪失の核心だ。そこに触れると、必ずあれが開く。


 今まで5回、それが起きた。全部偶発的だった。全部、あの夜の直前か直後に着地した。全部、30秒以内に弾き出された。


 今夜は、自分でやる。


 床が、消えた。


   ◇◇◇


 着地したのは、台所だった。


 11月の夜。11時過ぎ。見覚えのある天井の電球。見覚えのある冷蔵庫の磁石。見覚えのある——母の後ろ姿。


 立ったまま、動けなかった。


 母は何かを作っていた。鍋の音。湯気。背中の丸み。白いエプロン。俺が子供の頃から変わらない、肩甲骨のあたりに少しだけある膨らみ。


 喉が、石のように硬くなった。


 声を出したかった。出したら、振り返る。振り返ったら、顔が見える。3年間、夢の中でしか見られなかった顔が。


 足が、一歩、動いた。


 その瞬間——空気が変わった。


 引力だ。


 深海の底から引っ張られるような力が、体の全部に同時にかかった。膝が折れた。手をついた。床の冷たさが掌に突き刺さる。


「まだ——」


 俺は叫んだ。声になったかはわからない。


 台所が、遠くなった。母の後ろ姿が、にじんだ。白い湯気だけが残って、それも消えた。


 暗闇の中を、ゆっくりと落ちた。


   ◇◇◇


 目を開けると、自分の部屋の床だった。


 体が鉛みたいに重い。腕を動かすのに3秒かかった。立ち上がるのに5秒。


 右手に、何かが触れた。


 見ると、白い紙片があった。手のひらに、ぴったりと折りたたまれた、小さな紙切れ。


 持ち込んだ覚えがない。あの台所に置いてあったものでもない。着地したとき、手は何も持っていなかった。


 広げた。


 走り書きだった。急いで書いたのか、文字が少し揺れている。インクじゃない、鉛筆だ。濃く、強く。


 たった1行。


「まだ来るな」


 5文字。


 筆跡を見た瞬間、息が止まった。


 知っている。当たり前だ。17年、毎日見てきた。授業中にノートに書いてきた。テストに名前を書いてきた。


 それは——俺自身の、字だった。


   ◇◇◇


 スマートフォンを拾い上げた。時刻は午前2時11分。手が震えている。


 俺が、俺に、「まだ来るな」と書いた。


 それはつまり——未来の俺が、過去に戻って、この紙を置いた。それが可能だということは、俺はいつかもっと深く、もっと自由に時間を跳ぶことができるようになる。


 そこまでは、わかった。


 わからないのは——なぜ、止めたのかだ。


 あの夜に、何がある。3時間前に何があって、未来の俺は、過去の俺に「来るな」と書いたのか。


 助けたいなら、来い、と書くはずだ。変えられるなら、変え方を教えるはずだ。


 なのに。


「まだ」——という言葉が、引っかかった。


「来るな」じゃない。「まだ来るな」だ。


「まだ」は、「いつか来い」という意味だ。


 頭の中で何かが、かちりと嚙み合った。


 これは、終わりじゃない。俺はいつか、あの夜に行く。未来の俺が許可している。ただ——まだじゃない。


 何かが、足りていない。


 ベッドに倒れ込んだ。天井の電球が、じっと見下ろしている。部屋の時計は正常に動いている。右に。かちかちかちと。


 目を閉じると、母の後ろ姿が、また見えた。


 白いエプロン。少し丸まった肩。湯気の匂い。


 俺には、何かが必要だ。そしてその「何か」を持っていないうちは、行っても——「間に合わない」。


 母の声が、また耳に響いた。


   ◇◇◇


 翌朝、学校の屋上に、誰も知らない少女が立っていた。

作者より


この物語は、母である私と、3人の娘たちで紡いできたものです。


言葉を選ぶ時間、絵に色をのせる瞬間——

ひとつひとつを家族で重ねながら、この世界を形にしてきました。


文章、イラスト、動画、スタンプ。

この世界観はすべて、私たち家族の手から生まれています。

小説は、その入り口のひとつにすぎません。


もし、この物語に少しでも心が動いたなら、ぜひ他のかたちにも触れてみてください。

きっと——同じ世界が、少し違った顔を見せてくれるはずです。


続きを待ってくださる方へ。

ブックマークやフォローをいただけたら、

それは私たちにとって、何よりの灯りになります。


この物語の奥にある、ささやかなぬくもりが、あなたに届きますように。


— mom.daughters.animelab

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ