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部活が終わり、野球部員が部室から出てきた。
悠真もカバンを持って出てきた。
「おつかれさまでした。って、凪!」
「おつかれ、悠」
「どうしたの悠真? バス停まで一緒に、って凪ちゃん!」
「あ、咲良ちゃんもお疲れ様」
凪は視線を外さなかった。
「3人で一緒に帰らない?」
咲良はにっこりと言った。
「もちろん!」
「悪い咲良。今日は先に帰ってくれ」
「え?」
悠真は凪を睨んでいた。
「はっきり言ったらどうなんだ凪。俺に直接言いたいことがあったから、ずっと待ってたんだろ?」
他の野球部員がチラチラ見ながら帰っていく。
「うん。そうだよ」
悠真は拳を握った。
「ちょっと、悠真! そんな言い方しなくても」
「大丈夫だよ、咲良ちゃん」
咲良は心配げに凪を見た。
「じゃあ、また明日学校でね、凪ちゃん。悠真はもっと女の子に優しくしろ!」
咲良はくるっと背を向けて、バス停に向かった。
言葉を発したのは、悠真からだった。
「お前、怒ってないだろう」
「うん」
「八つ当たりしにきたんじゃないだろう」
「うん」
「彼女だと、勘違いされてもいいと思ってただろう」
「…うん」
「好きな奴ができたんだろう?」
凪は言葉を詰まらせた。
「学校のやつじゃないな。優奈あたりから情報が来るはずだからな。優奈も知らないやつ。まあ当然か。お前が優奈に言ってないんだろうからな」
凪はカバンから透明な小袋を出して、悠真に渡した。
白銀の光がキラリと反射した。
「お前、これ俺が渡した」
「違う、それはこっち」
凪は同じ物をカバンから出した。
「おそろいで持っていたいの」
悠真は凪の肩を揺さぶった。
「どうしちまったんだよ! 凪! お前、こんなことするやつじゃなかっただろう!」
「そうだったね。でもお願い。それを持っていて」
凪は悠真に背を向けて、走り出した。
凪は家の玄関で胸に手を当てながら、息を整えた。
⸻これで、いいの⸻
「ただいまー」
凪は普段と変わらないように帰宅した。
いつも通り食事も入浴も済ませた。
ベッドで心を落ち着かせる。
ネックレスを付けて、布団を頭から被った。
「凪」
凪は目を開けた。
夜空に浮かぶ白銀の満月。
波紋一つない、清廉な泉。
獣のいない清らかな森。
凪が今まで見た中で、青年は一番の笑顔だった。
凪はワンピースの裾を揺らしながら、駆け寄る。
「会いたかった」
「ここは、どこだよ?」
悠真だった。
湖畔に立っている。
言葉を発しようとした凪を、青年は制した。
「初めまして、悠真君」
悠真は後ずさった。
「お前、俺と同じ…」
青年も苦笑する。
「驚くだろう。俺も思ったよ。まさか同じ顔と声の別人が、こんな近くにいるなんてな」
「ゆ、夢なんだから、当然だろう」
青年は首を横に振った。
「ここは君の夢じゃない。深淵のワルキューレの泉」
凪は青年を避けて言った。
「悠!」
「…凪。はは、今日の夢は変わってるな」
凪も首を横に振った。
「ここは夢じゃない」
凪はネックレスを出す。
「お前、それ」
青年が悠真の胸ポケットを指した。
「持っていてくれたんだね。ありがとう」
悠真の胸ポケットから、ネックレスが出てきた。
「…うそ、だろう」
「凪に頼んで、君に持っていてもらったんだ」
悠真は、はっと気が付いて青年の胸ぐらを掴んだ。
「お前が!」
青年は悠真の手をゆっくりほどく。
「つめた! お前、まさか…」
青年は寂しげに微笑んだ。
「昔から君は頭がよかったからな。顔と声は同じでも、そこは俺と大違いだ。⸻そうだ。俺は死者だ。戦死したんだ」
青年はうつむいた。
「君に、凪の真実を話そうと思って、ここへ呼んだんだ」
「凪の真実?」
「⸻彼女は人間じゃない」
悠真は言葉を失った。
青年は暗黒の夜空を見上げた。
「順を追って話そう。1945年のあの日から」
次は「青年の記憶編」となります。
青年の記憶は、別の形で公開しています。
https://www.youtube.com/@ValkyrieOfTheAbyss




