Ceaușesc de D raktutt(ドラクラットの鬼女)
村人の集団が一旦停止したところで、エマーヘルは彼らにこの村の代表について名を問いただした。
「サリエナの長は誰か!我々はその者に用がある。取って食おうだとか呪いをかけようとかいうものではない!」
村人たちは互いに顔を見合わせこちらに聞こえない声量でそれぞれ相談を交わしている。その間三人はその場から動かず口も開かずに村人たちが結論を出すのを待った。余計に反感を買うつもりはない、出来ることならいざこざを起こしたくはないのは誰にだって同じことだ。二分ほどして一人の男が村長を呼んでくるといってその場から離れたため、彼らはつづけてその場で待つことにした。
さらにそれから五分ほどすると、村人たちが後方を気にし始め真ん中を開ける。彼らがどいた場所に現れた年老いた男を見て、彼がこの村を取りまとめる長だと理解した。その老ドラクラットは、このさびれゆく村にはふさわしい姿をしたやせこけた男であった。
「私はエマーヘル・カイブレイント。雷竜族の祈祷師。予知の定めによりこの闇竜族の少女を連れ参った。この村に数日の間止めていただきたい」
彼は先ほどとは打って変わって、口調を丁寧に声の調子を落として極めて冷静に村長に向かって名乗りとここに来た目的を述べた。村長は垂れた瞼の奥から黙ってこちらを見据えたまま、なんの動きも見せない。代わりに傍にいたライマくらいの若い女が腰をかがめて彼に耳打ちをする。するとワンテンポほど遅れて頷くと、女に向かって何かを言ったが、エリアにはよく聞きとることが出来なかった。
「何て言ったの?」
とエリアは少しだけ首を後ろに向けるとライマに尋ねた。
「さあ、よく聞こえませんでした」
「ええ……」
やはりライマは肝心なところで抜けている気がする。などとため息をついて前を向くと、村長はこちらに背を向け元来た方へと歩き出した。
「ついてきなさい」
女が冷たい声でそう告げたので、三人は黙ってそれについていくことにした。エリアが近づくと、割れていた人波が更に大きく割れた。彼女はその身に鋭く侮蔑の念のこもった視線をヒシヒシと感じていたが、黙ってそれに耐えていた。わざわざここで睨み返すこともあるまい、それもやってみたら面白いかもしれないが、そこまでの凶暴さは持ち合わせていなかった。
歩きながら彼女は村の様子を眺める。決して凝っているとは言い難い丸太の家はどこか貧しく思え、ある程度の規模のあったキニエイテンテス村と比べるとやはりこの村の寂れ具合を感じざるを得なかった。ここは初めからこのように小さく華のない村だったのだろうか、それともかつての人類のように繁栄という文字を知っていたことがあったのだろうか。もしそうならば、ぜひともこうなった理由を教えてもらいたいものである。
家々の大きな隙間の向こうには畑が見え、何やら葉物を育てているように見えたが、あれはなんだろうか。見覚えがあるような気がするのでもしかするとカルパクかもしれないが、また別の植物かもしれない。
エリア達はそう歩くこともなくすぐに村長の家に着いた。その家も
「さあ、入って。闇竜族の女、お前はそれを入れるな」
女は実に冷酷な声色でエリアに言葉を叩きつけると、エリアは少し委縮して顔を伏せ手際も悪くダンゴムシを入り口横に置いた。
「闇竜族を入れてやるだけでもありがたいと思いなさい」
まだいうかと少しイラついたエリアは、この女はエマーヘルの脅しを聞いていたのだろうかと考えた。それほどに恐れを知らないのかそれともただ馬鹿なのか。それに、どうして恐らく初めて出会ったであろう者に、闇竜族というだけでここまで冷たい態度を取れるのだろうか。本当に頭がおかしいのだな、とエリアはドラクラットという種族を哀れんだ。
「だから滅びる」
エリアはムゥロ語でそう呟いた。
「何て言ったんだ?」
とエマーヘルが尋ねたが、エリアははにかんで
「秘密」
とだけ言ってそれ以上は言おうとはしなかったので、エマーヘルも追及することは無かった。特に興味があって聞いたというわけではないようだ。
「座りなさい、そこに」
と促されて三人は部屋に入ると手前側に座ろうとして、クッションが二つしかないことに気づいた。
「足りないぞ。これがこの村の客人に対するもてなしの作法か」
エマーヘルは村人たちを睨みつけて吐き捨てる。女はエリアを一瞥すると問題はないといった態度で自分もその反対側に座った。村長ともう一人初老の男も同様に座りこむ。
「エリア、使うといい」
エマーヘルはクッションをエリアにさし出すと自分は絨毯の上に座る。
「おい闇竜族、それはお前が使ってよいものじゃない!」
エリアがクッションを受け取ると同時に女は恐ろしい形相で立ち上がるとツカツカと歩み寄り彼女の手からクッションを奪い取り、開いた窓から投げ捨ててしまった。
「何をするのです!」
そのあんまりな態度にライマも腹を立て、息も荒く女を指さして吠える。
「闇竜族が触って穢れたゴミを捨てて何が悪い?」
そう述べる彼女の態度には、まったくもって罪悪感や躊躇いといったものを感じられなかった。本当に心から闇竜族を汚らわしいものと信じて止まないようで。その純粋ともいえる悪意に、三人は背筋に悪寒を覚えていた。
「私、いいから」
とエリアは二人を宥めるように、エマーヘルと同じく絨毯にじかに座ると女はそれでもやはり気に食わない様子で、エリアは自分たちが去ったらこの絨毯すら捨てそうな勢いだと感じていた。本当にやりかねない。立派な絨毯なのに、と彼女はもったいなさげに絨毯に触れた。
一旦空気が落ち着くと、エマーヘルは咳払いをして話を始めた。
「では名乗るとしようか。私はエマーヘル・カイブレイント。そしてこっちの木竜族がライマ・エラ・フラクラクラカット、彼女も私と同じく祈祷師だ。そしてこの闇竜族の少女がエリア・ディリン」
「ディリーゾね」
「すまん。それで我々は予知の闇竜族の少女が我々ドラクラットの再興の鍵となるという導きの元、彼女を見つけ出しこうして旅をしている」
先ほどから一向に声を出さない村長に対し、どうしてこの女がまるで村長のように取り仕切っているのだろうか、と三人はこの村を覆う異様さを少しずつではあったが感じ始めていた。彼らは後悔する、どうしてよりによってこんな異常事態が起きているに違いない村を訪れてしまったのかと。それはこの村を選んだエリアに災難が降りかかるという形でツケを払うこととなった。
村側も名前を名乗るが、村長ではなく先に女の方が名乗り始めたのを見て、この村の異常を再認識するかれらであった。
「グロージエナ・ゼーラン。ここでは村長に代わり村を動かしている。水飛竜族瀑布竜」
エリアと反対の頬に青い紋章を持った女、グロージエナはそう名乗った。やはり、この女はこの村の実質の村長であるようだ。まだ若い筈だが、どうやってこの村の実験を握ったかは知らないがどうせろくでもない手を使ったに違いない。だが、エマーヘルとライマは疑問に思っていた。こんなあからさまな女が実験を握る前に他の男たちがどうにかしようとしなかったのだろうか。無茶苦茶やって言うことを聞かなければ一人あるいは二人の男でも十分に抑え込めたはずだ。それすらも出来ないような何かを、こいつはもっているのだろうか。類稀なる戦闘力か、それとも女という武器を使ってか。
「…………私は……グイン・ゲルベッソ・フーセ。村長を……やっとる」
蚊の鳴くような、尚且つしゃがれた声でようやく本物の村長は名乗る。いかにも死にかけのような老人は、それからまた口を閉ざしてしまうと、最後にその隣の男が名乗った。
「俺はヴァリオン・デイパル」
男はそう名乗ると、やはりそれだけ言うと黙ってしまった。




