Eine Pause(枝葉の切れ目)
サリエナ村へと向かう旅は三日目に入る。エマーヘルの予想だと今日の昼頃には村につくようだ。今回はキニエイテンテス村とは異なり、小さな規模の村であるため完全に姿を隠すのは難しいらしい。そのためサリエナ村では割り切って堂々と入り村を歩いて生活を見知ることを考えたそうだ。昼間は必ずエマーヘルが、夜はライマが常に隣についていてくれるようなので、それは安心である。それに一応あらかじめエリアのことと予知のことを伝え絶対に手出しをしないように牽制しておくつもりらしい。それが吉と出るか凶と出るかまだわからないが、上手くことが進み安全な滞在となることをエマーヘルは願った。
二度とあんな事件は御免であったし、同族の腐った姿を見たくはなかったのだ。
今日もエリアの後ろにはライマが座っており、彼女はエリアの腹に手を回して掴まっていた。現在は知っているところは自然が豊かで人の手の加えられていない場所であるため、道はデコボコで木や雑草も多く、あまり速度が出せないうえに頻繁にハンドルを切らなければならず、振り落とされないようにするためであった。
森の向こうの開けた場所を、大きな鹿の群れが駆けている。人がいなければ、かつてはコンクリートと鉄に覆われていた場所も、土に埋もれて再び自然のものに還る。だが、人間も自然の一部であり、そうならば、人間たちが建てた高層ビルも、敷き詰めたアスファルトも、製造された車も自然の一部と言えるのかもしれない。世の中の全てのことは、自然でしかないのである。そう、ドラクラットも。
「シュガルーですね。焼くと美味しいです」
ライマは微笑んで鹿を指さした。
「食いしん坊だね、ライマ」
エリアは横目で鹿を追いながらそう言った。
「そうですか?食べることは大事ですよ」
「確かに」
鹿の群れとしばらく並走していた二人であったが、やがて群れは川の分かれ目に沿って離れていってしまった。エリアも、川が浅いことがわかるとダンゴムシに乗ったままジャブジャブと渡河してしまった。撥ねた水が二人の服の裾を濡らす。
「サリエナにはお風呂あるかな?」
と尋ねたエリアに対し、ライマは恐らくないだろうと答える。それは彼女の経験から来る予測であった。
「キニエイテンテスのような立派な設備はないでしょうね。私の村も小さかったですから、三日に一度くらいの頻度で湖で水浴びをするくらいでしたし」
「三日に一度?」
ちょっと臭そうと思ったエリアであったが、ライマが続けた言葉に彼女は言葉を失った。
「あなたを探す旅の途中は一週間はそのままなんてことありましたよ。流石にそれは一度くらいであとは大体四日くらいに一度は川に飛び込んでましたけど」
「……嫌じゃなかった?」
流石にそれはあまり耐えられないと思うエリアに対し、ライマはまったくもって苦でもないといった表情で否定する。彼女の眼は、それは嘘偽りではなく本心で言っているということを示していた。
「それが普通でしたし、一族を救うための重要なことですから。この空をリガーラの手から取り返し、再び我らのものに出来るという素晴らしさを思えば、その程度のことなんてことありませんよ、エリア」
どこか頼りなさげな彼女が見せるその珍しい顔つきに、エリアはどう返せばいいか返答に困ってしまい、あーだのえーだのどもったあと、前を向いてしまった。
「エマーヘルが見えました。あそこでしょう」
ライマが空を見上げ、枝葉の切れ間から前方を指した。空高くにエマーヘルと思わしき竜が、一か所で旋回しているのがエリアにも確認できた。距離はそれほど遠くはない。二、三十分もすれば到着しそうである。彼女は不安に駆られながらも道を進んだ。
そして次なる門が姿を現す。柵にすら覆われていない無防備な小さい村が彼らの前に突如として姿を現す。二人は降りると先に降りていたエマーヘルと合流し、エリアはダンゴムシを押しながら村へと進んだ。先頭はエマーヘルが行き、エリアの斜め後ろをライマが挟むというエリアを守る陣形だ。村に近づくと、彼らの接近に気づいた村人が二人、こちらを向いた直後に顔を青ざめさせたかと思うと、一目散に村の中へと駆け込んだ。
「た、大変だ―!!闇竜族が、闇竜族がああ!!」
二人はエリアの到来をまるで盗賊がやってきたかのような調子で村中に伝えて回った。
「こいつはたまらんな」
エマーヘルは渋い顔をして頭を掻く。振り返るとライマも同じように眉間に皺を寄せて好ましくないといった顔つきで、下唇を噛んでいた。
「小さい村だと面倒なことになるんだ。凶暴な奴はいないとは思うが、面倒なことは多い」
人間同様、ドラクラットでも他の村と交流の少ない小さな村では、よそから来たドラクラットが困惑するような決まり事や慣習が存在するのはよくあることで、場合によっては死につながることも少なくないという。
「ただでさえ少ない同胞をカスのような風習で潰しているのだから、ドラクラットも情けないというものだ。どうして捨てられないというのか」
「そうなの?」
エリアにはあまり馴染みのないことである。一つの街でしか過ごしてこなかったので、町の違いというものが判らなかった。どこでも似たようなことをやっているのだとばかり思っていたからだ。
「来ましたよ」
ライマが前方を睨みながらそう伝えた。エマーヘルが前を向くと、敵意を持った目をしたドラクラット達が十五人ほど、男女問わずエリアに向けておりその光景にキニエイテンテス村でのことを思い出していたエリアであった。エマーヘルが前に歩み寄りエリアもダンゴムシを止めるととりあえず適当に身構えた。
「なんで闇竜族がこんなところにいる!そもそもなんでそんな育った闇竜族が存在してるんだあ!!」
一人の男が叫んだ。その声に他の者たちも頷いてエリア達を非難する目で見ていた。村人たちの勢いに圧されかけているエリアであったが、エマーヘルは更に一歩進むと負けじと声を張り上げ、彼らを威嚇するように睨みを利かせる。
「彼女は予知によって選ばれし闇竜族の少女エリア!予知の重要性は貴様らも知っているだろう!我ら祈祷師が見た予知はこの少女によって空が我らドラクラットの元へと戻るという長い歴史の中での祖先からの悲願というもの!!ならば、貴様らがこの少女に手を出してはならぬということわかっているだろう!!」
村人たちは依然として敵意を向けたままであったが、予知と一族という言葉に強く反応していることから、エマーヘルの牽制は一定の効果を発揮しているようだ。エマーヘルは続ける。
「これから我々はこの村に数日の間滞在させてもらう!その間彼女にはドラクラットの生活を見知ってもらうために、貴様らの生活を垣間見ることになるが決して隠れるな!!いかなる思いがあろうと彼女に一度でも力を振るおうものならこの村は二度と風をはらむことはあるまい!ひとつ前に訪れた村ではエリアに手を出したばかりに裏切りの烙印を押された哀れな村がある。キニエイテンテスという村はドラクラットの歴史に刻まれることはない!!」
キニエイテンテスの名を聞いた彼らは、一様に絶望に満ち溢れた表情に変わり小声で話し合っていた。どうもこの村でもキニエイテンテス村はつながりがあるようで、良く知る村が「外し」にされたことに驚いているようだった。キニエイテンテスはこのあたりでも一番大きな村だった。そんな村でもそういうことになっているのだから、自分たちの村ならどうなるかすぐに理解したのだろう。彼らは振りかざした敵意を萎ませ、不服そうではあったがすごすごと下がって行った。
「嫌な入り方だが、仕方あるまい」
エマーヘルはため息をついてそう呟いた。
「ごめんなさいエリア」
謝る二人にエリアは首を振って応えた。これくらい理解していると言いたげに。




