Le differenze di cielo e terra(空に住まうモノと地に住まうモノ)
「お尻が少しだけ痛いですねえ」
二時間ほど走った所で、後ろに座るライマが言葉を零した。彼女は眉間に皺を寄せて手のひらで自分のお尻をさすっていた。
「降りる?」
「いえ、大丈夫です。エリアはずっと座ってて痛くないのですか」
「痛いときもあるけど、そこまでではないかなー」
嘘ではなく、エリアは五時間とか六時間でも座っていない限りはあまり座っていて痛みを感じたことはなかった。体が固まってしまった感覚はあったが、その程度であった。
「そうですかあ」
ライマは少し納得がいかなそうにそう言うと、もう一度お尻をさすってその話をやめた。エリアが痛くなりにくかったのは、彼女の腰かけている座席の部分がクッションの厚い部位であったためで、別に彼女の尻が鈍いとかそういうのではなかった。ライマがこういったものに座り慣れていないのも原因であろう。
「エリアは、何か将来やりたいことはありますか?」
口寂しくなったライマが、折角口実を付けて後ろに乗せてもらったのだからと話題を思いつきエリアにそう尋ねた。尋ねられたエリアは少し考えるとこう言った。
「まだわからないかな。今まで考えてたことは全部ダメになっちゃったし」
ライマは、彼女の故郷の話を思い出して申し訳ない気持ちに苛まされた。
「でも、もしこのままドラクラットとして生き続けるなら、そっちの未来のことも考えたいかなー。うん」
「そうですか?どういったことに興味がありますか?」
とにかく話を変えたいと思い、ライマは積極的に話に突っ込んでいく。これが彼女の希望となればいいと思ってのことだった。
「どうだろ。この旅が終わるころにはドラクラットが闇竜族を受け入れてくれてればいいけど……私は海の傍で魚釣りでもして暮らしたいかな」
「釣りですか?女の子ですよ?」
ライマには、ドラクラットの女が魚釣りをするという発想がなかった。彼女の村は海から二キロほど離れた場所にあったが、魚を獲りに行くのは男の仕事で、女は磯で貝を採ったりするのがもっぱらであった。水竜族であれば、例外的に女でも潜って魚を獲ったりしに行っていたがエリアは闇竜族である。海が得意ということもないのではないだろうか。
「私も海なんて見たことないんだけどさ。でもだからこそ行ってみたいっていうか……海ってとっても広いって聞くし、そのそばで暮らせたら一生広い世界、壁のない世界を見られんじゃないかなって。あ、でも壁がないと敵の攻撃を防げないかあ」
こういう通常のドラクラットには無い発想も、彼女ならではのことだろう。彼女のその独特な物事の捉え方が、頭の固いドラクラットの連中にどれだけ通用するかはあまり期待は持てなかった。
「伴侶は、子供は欲しくないですか?」
なんとなく尋ねてみた。するとエリアは、こちらには表情を見せなかったが恐らく少し照れくさそうにしていたに違いない。顔を何度も掻いたりしていたのが、それらしい仕草に感じられたからだ。
「結婚?うーん……私のことを好きになってくれるドラクラットはいるかなあ……子供は欲しいけど……でもドラクラットは確か子供って出来づらいんだよね?」
「ええ、そうですね。元々リガーラの体を手に入れるまでは、先祖はもっと数が少なく長生きで、百年に一度、夫婦でも子供を作るのが普通だったそうで、そのためか生殖能力や妊娠能力に問題はなかったとかなんどか。歴史が失われたのでなんともわかりかねますけど」
昔のドラクラットがそんなにも長生きで、尚且つ子供も滅多に産まないということを知ったエリアは驚嘆の声を上げると一瞬だけ後ろを振り返って尋ねた。
「……ライマは旦那さんはいるの?」
思いもよらぬ質問を投げかけられたライマは、むせてしまいエリアの肩を掴んで落下しないように太ももを締めて堪えた。まさかそんなことを聞かれるとは思っていなかったライマは、エリアの背中を叩きながら否定した。
「いませんよ!」
「どうして?好きな人とかは?」
「うう……」
ライマの困ったような返答に、いるのだなと確信したエリアは意地悪な笑みを浮かべて追撃した。
「名前だけでも教えてよー」
「そ、そんなの言えるわけありません!向こうも私のことなんて別に興味なんか……」
「向こうは案外気になってたりして」
「ありえません!そもそも祈祷師の伴侶を持つのは面倒なことなんですよ!プレッシャーがかかるんです、次なる祈祷師を産むために。ただでさえ祈祷師の才がある子は少ないんです。ですから祈祷師なら祈祷師となれる子を産むことが出来るだろうという村全体からの圧があるんですよ!」
「そうなの?」
「そうなんです!」
ライマはへそを曲げてしまったようで、それから先何を聞いてもしばらくの間は、知りません!としか答えてくれず、エリアはため息をついてしばらくの間黙っていることにした。時間が経てばライマも機嫌が直っているだろうと考えて。その予想は当たっており、小一時間もすればライマの機嫌は前と同じように元通りとなっていたので、エリアはその正確に目を丸くして驚いていた。
「そういえば」
とライマはあることを思い出し、エリアがどう思っているかは知らないが一応彼女の育った環境のことを踏まえてある重要事項を忠告しておいた。それは実に重要で、これから先彼女が将来を見据えていく上での必要な前提であった。
「どうしたの?」
元の声の調子に戻ったライマの声を聞き、エリアは彼女の機嫌が平常運転となったことを確かめると、操作機器をいじくりながら相槌を打つ。
「言い忘れていましたが、エリアのことなので一応ではありますが、ドラクラットとリガーラの間に子は成せませんよ?」
「ふーんそう……え?ほんと?」
「大真面目です。嘘は言いません」
見た目がそっくりで、ドラクラットもこの姿を得るために人間を元にしたというのに、何故そういうところだけは共通しないのだろうか。理解できなかったエリアは、不安げな様子でその詳細を尋ねる。
「詳しくも何も、そういう仕組みになっているのですから。私も何故そうなのかは知りませんが、恐らくあれでしょう。リガーラは元からリガーラですが、我々ドラクラットは元は竜でリガーラではありません。つまり種族の違う生物同士だから、ではないしょうか。犬と牛では子供はできませんよね?」
そう言われればそうなのかもしれないが、納得のいかないエリアは言葉を失って今までのことを振り返っていた。今まででもムゥロで好きになった男の子はいた。将来その人と結婚したいとも思っていた。しかし、もしムゥロがいまだ健在で自分がドラクラットの者だと知らずに人間と結婚しても、一生子供に恵まれることはなかったというわけだ。それを知らずに悩み続けるか、或いは夫に捨てられるか……いずれにせよ辛い人生が待ち受けていたであろうことに変わりはなかった。この時代では、子を成せる若い女は重要であり、子供を産む=若い女の役目でもあったのだ。故に子供や老人を除いて妊娠出来ない女性は地位がそうでない女性よりも低かったのである。
当然のことと言えば、当然ではある。人間が多く死に人手を多く必要としている時代に子供を産める方が大事に決まっているし、かつてのように子を産まない選択肢も尊重されるというような考えは皆無となっており、生命として子を成すことは当たり前のことであったのだった。ドラクラットという出自を知れただけでも良しとすべきなのだろうか。エリアは正解を出すことが出来ず曖昧な返事をつづけるばかりであった。




