Pogarda(軽蔑の竜)
ライマ達が村長と話をつけ終わるころ、エリアはあらかたの掃除を終え満足そうに物置の中を見渡していた。見渡すというと語弊があるが、それでもこの短時間で重たい荷物を端に寄せて軽くふき掃除までできたのは彼女の家事スキルと、ドラクラットのパワーによるものであった。二、三十キロの荷物ならドラクラットであれば十七のか弱い少女でもさしたる重荷には感じない。そういうわけで彼女は雑巾代わりに使ったぼろきれを畳んで適当に置くと、ゆっくりと床に腰を下ろし、少しして寝ころんだ。
少し黒ずんだ天井を見上げながら、少女は考える。
本当に自分は救世主だというのか。ドラクラットの存在は実際に目の当たりにしたので信じるが、予知についてはいまいち信じがたい。予知というか予言であればディミティアーノ教でも確か三つはあった。今となっては何人の信徒が生き残っているかわからない、それが宗教と果たして呼べるのかはわからないが、物心ついてからこのかた毎週末のお祈りは欠かさなかったし奉仕活動も行ってきた。しかしムゥロの今を思うと、あれは何だったのかと思わずにはいられなかった。
祈りと奉仕を欠かさなければやがて救済の日が訪れ、世界は主の手によって再建されると司教様は言っていた。ところがどうだ、ムゥロは滅び住民は虐殺されたではないか。今初めて宗教に対する疑問が生まれていた。それと同様に予知については信じがたいのだ。
もし、もしだ、もし予知が本当だったとして今まで長いこと迫害どころじゃない扱いをされてきた部族の小娘を祀り上げて皆はついてくるのだろうか。到底そうは思えなかった。だとすると今から自分は各地を引きずり回され石を投げられ変身もできずそこらに打ち捨てられてしまうのではないだろうか。
たった小さな疑念の欠片が瞬く間に増大し、すぐに憎しみへと形を変え始めていることに本人は気づいていない。
「だとすると……」
途端に先日の二人の笑顔や優しい言葉に裏があるように思えてきた。あれは本当は裏では蔑み憎んでいるのではないだろうか。ふつふつと怒りが湧き始め、胸の奥底で闇が増長していく。寝ころんだままの彼女は拳をとてつもない力で握りしめる。もし人間の腕を握らせれば潰してしまうであろうほどに。
ふと、彼女の外見に微妙な変化が訪れ始めた。それは彼女は自覚していない、無意識化の変身であった。赤と黒の眼がぎらつき、瞳が小さくなっていく。顔の左にある紋章は黒く怪しく光り、右腕の皮膚が黒く、そして硬い鱗のようなものが現出し始めている。
「あああ……う゛う゛う゛あ゛あ゛あああ………!」
口から覗くのは鋭く変化し始めた牙である。
そこに偶然にも話を終えたライマとエマーヘルが扉を開けた。そして目の前で起き始めている事態を見るや否や、血の気の引いた表情で彼女を抱えて外に走り出した。
「これはまずい!」
エマーヘルは今まで見たことのない現象に混乱していた。通常、変身の際は全体的に変身による変化が起る。しかし、今のエリアはところどころで局所的に変身を始めていたのだ。とにかく異常事態であると認識した彼の決断は正しかった。徐々に重くなり始める彼女の体は異常変身をきたしていた。
「いったい何が起きているというんです!」
ライマにもこの事態にどう対処すべきかというノウハウは無かった。ただ彼に従って屋敷の外に飛び出し、彼女のそばで悲痛な面持ちで尋ねた。
「わからん、知らないうちに強い感情が沸き起こったのかもしれん。強い感情が必要だがこれは不揃いな感情が今までろくに変身したことのないエリアの体に作用してしまったのかも、しれない……」
確信はない。しかしそう考えるのが今は妥当だ。
「そうだ!」
エマーヘルが声を上げる。どうしたのですか!とライマが尋ねると彼は手で何かのジェスチャーをしながらアレ、アレ、と何か言いたげであった。
「もしかして、ゴルーム」
「それだ!」
食い気味に顔を綻ばせる彼であったが、ライマが不自然に目をそらしたことでその顔は一気に深刻なものへと変わった。
「まさか、お前……落としたのか?」
信じたくはないが、そう言った直後の彼女の表情が更に悪化したため、諦めたように口を閉じた。
「はい、その……」
「ああ……」
ドラクラットはよく物を落とす。それはそう言った遺伝子とか癖があるとかいうわけではなく、竜状態になって飛ぶと時々荷物を知らず知らずのうちに落としてしまうのだ。人間の状態で持っていた荷物は、変身時に足に括りつけたり、掴むかあるいは縄で鎧のどこかに括りつけるようにできている。それでも激しい風と動きによっておっことしてしまうことがどうしても起こってしまうのだ。
「困ったぞ……」
こうしている間にも目の前のエリアは体を仰け反らせて変身しようともがいていた。ふと、周囲がざわつき始めたのに気づき、二人は振り返った。するとそこには窓やドアから顔を出した屋敷の住人や、村人がこちらを覗いていたのだ。彼らの目は一心に横たわっているエリアに注がれる。その眼は恐怖と、好奇心と、そして軽蔑の色が込められていた。




