Priekinis ir galinis(対を為す乙女)
「ところでさ」
木に背中を預けたままノエルは切り出した。
「なんだ」
ギルドールゼルの意識は満月号に奪われており、生返事でそう返すものだからノエルは少々不機嫌になりつつも言葉の続きを述べた。
「なんで満月号が気になるわけ?」
「そりゃあな。あんなものがどこからともなく空から降ってくれば、おちおち寝てもいられないさ。リガーリンどもめ、またデカいのを作ったのかってな」
「また?」
「あ?お前たちは森の中に村を作ってペルシャグーラを沢山飛ばしているではないか」
「ペル……何?」
今まで彼の言葉は理解できていたのに、途端にそのなんとかという単語だけはまるで意味が分からず、つい聞き返すと、彼はジェスチャーを交えながら説明しようと試みた。
「こうあれだ、金属の……変身したときより小さいけど速くて強い奴だ」
彼はペルシャグーラとしかそれについて、共通の竜語での語彙を知らなかったため、表現に苦労していたが幸いにもノエルはそれをすぐに理解してくれたためなんとか会話を続けることが出来た。
「ああ、飛行機ね。そうでしょ?」
「あー多分な」
ヒコウキなど言われても良くわからないが、恐らくペルシャグーラのことだろう。ギルドールゼルはそう信じると、それを前提に話をつづけた。もし食い違いが生じていたとしても、会話を続けていけば自ずとそれは明らかとなるだろう。
「私たち、地球に降りてくるときにそいつらに襲われたから、見た見た」
ほーん、とギルドールゼル。
「四機いたけど、めっちゃくちゃ危なかったけど、何とか全部倒せたよ」
「倒した?あれを?」
彼は半ば呆れたと言いたげな面持ちで首を横に振ると、深くため息をついてこう言った。
「あいつらは速い上に小回りが利くし、銃がとても強い。勝てない、まずドラクラットでは」
ここでノエルは、先ほどから気になっていたことを思い切って尋ねてみた。
「どうやって人間が飛行機を落とすの?あと変身ってなに?」
その瞬間、ギルドールゼルはまるで脳みそも目玉もすべて中から転げ落ちてくるのではないかと思ってしまう程口と目を思い切り開いて、聞き間違いであって欲しいとでもいうような非常に衝撃を受けたと理解するに容易いリアクションをとったので、ノエルも思わず眉間に皺を寄せて引いてしまった。
「……ああ、そうか……お前は何も教わっていないのだったな」
先ほど彼女から短くだが聞いた身の上話を思い出し、彼女がドラクラットとして何も必要なことを知らないという事実を哀れんでいた。何故同胞たちが彼女に何も教えなかったのかは理解できないが、少なくとも大勢いながらそうできない何かしらの事情があったのかもしれない、と彼は自分に言い聞かせた。しかし……
彼は不安を過らせた。それは、数か月前エマーヘルがエリアに抱いたのと全く同じ内容であった。
「変身というのは、さっき俺が言ったと思うが俺たちは竜の一族の子孫だ。その名残としてドラクラットは本来の姿に変身が出来るってわけだ」
ノエルはそれを聞いて再び眉間に皺を寄せると鼻で笑う。
「フフッ……何言ってんの?出来るわけないじゃんウケる」
「いや、出来るんだ。本当だ」
そう言うギルドールゼルの表情はいたって真剣で、その眼に彼女を騙そうという色は見られない。だが、だからといって彼の言うことをそのまんま信じるというわけにもいかない。そんなファンタジー小説みたいなことがあってたまるものか。そんな彼女を残念そうに見つめるギルドールゼルは、このような考え方を持つ者に、どうやって事実を話し、そして信じさせればいいだろうかということに悩んだ。
口で説明するより、こういう時は実際に見せた方が早いだろう。そう合点した彼は変身を見せようと口を開いたところで固まった。
「何?」
不審がるノエル。
(あぶねえ、こんなところで変身なんてしたらばれるじゃねえか)
ここは満月号からすぐ近く、そんなところで変身なんてしようものならあっという間に見つかってしまう。それだけは避けねばならない。この辺にはペルシャグーラの住処があり、奴らをこの地域のドラクラットは皆恐れていた。奴らに襲われた者は、皆逃れられずに死んでしまったのを知っているからだ。今までに、少なくとも三人のドラクラットが死んでおり、一人は傷ついた後変身を解いた状態となって地上を逃げているところを容赦なく追撃を食らい、バラバラになって殺されてしまった。本当にあの轟音と共に当たったものを破壊してしまう武器が恐ろしいのだ。
「ねえってば!」
ノエルに肩を揺さぶられて我に返ると、頭をボリボリと掻いて首を横に振った。
「悪いが、今はここでは見せられない」
「何を」
「ここではリガーリンたちに見つかってしまう。それだけは、ダメなんだよ」
「だーかーらー、何がって」
「お前、自分の正体を知りたいか?」
「えっ」
その問いに、彼女は立ち止まる。そりゃあ当然知りたいと言えば知りたい。親が、祖父母が、そして私が本当は何者であるのかを。竜に変身するドラなんとかとか言われたが、正直到底信じられる話ではなかった。知りたいという渇望が腹の底から沸き起こる一方で、知るともう後戻りはできないような予感が彼女の中に渦巻き始めてもいた。これを知らずにいれば、また明日から人間としての生活に戻ることが出来るだろう。知れば、何か大きな流れに巻き込まれてしまい、二度と人間として生きられないような、二度と、エーリッヒとも会えないような。そんな。
知るべきなのか、知るべきではないのか。彼女の眼は戸惑いうつろっていた。
「どうする、光竜族」
エーリッヒの顔がちらついた。死んだ親の、祖父母の顔が、友人の顔が。
「ん」
気づくと、彼女は頷きその場を離れるギルドールゼルの後についていっていた。自分でも、あの葛藤の時間から今森を歩いているまでの記憶も意識も覚えがなく、どうして頷いてしまったのだろうという謎に彼女は静かに頭を抱えていた。この選択が、どう転ぶのかをまだ自分は知らない。
闇竜族の少女と対を為す光竜族の少女の運命の日時計が、時を刻み始めた……………




