Мълчанието напуска(木々は言葉を封じた)
ノエルは徐々に湖畔を離れ、小高い丘を回りつつその裏手の雑木林へと侵入していた。このあたりからは、すこしずつ過去の遺物の残骸がちらほらと目の前に現れ始め、かつてビルを構成していた朽ちたコンクリートの塊やアメリカ軍の装甲車やらが、地面に埋もれてその片鱗を地表にちらつかせていたが、彼女がそれらが元々何だったのかを一考することなどなかった。
今彼女が乗り越えている凸凹とした地面は、すぐ下にそういった残骸たちが眠っているために出来たオフロードであり、そんなことはつゆ知らず、彼女は楽しそうにふらつきながらもそんなイレギュラーな地面の歩き心地をアスレチック感覚で楽しむ。
「よっと」
ビルの天辺辺りであった鋭角にそびえる五メートルほどの出っ張りを、彼女は窪みに手をかけつつ登っていく。
「ほっ」
ドラクラット故に力のある彼女だが、重力の低い月で生まれ育ったためか地球のドラクラットよりも力は弱く、アナログで暮らしてきたエリアと比べると一回りは力の差があるだろう。それでも十代の男くらいの力はあったため、同年代の人間の女性と比べると軽々と登っていってしまうのは、流石ドラクラットであろう。
角が欠け程よく座れる面が出来た登頂部に彼女は腰かけると、向こう側を見渡す。それでも周りはより高い木々に覆われているため向こうなど全然見えなかったのだが、それでも彼女は思わぬものに遭遇してしまった。
彼女が視線を斜め下に下げると、十メートルほど向こうに一人の男が立っていたのだ。見たことのない衣装は、学校の授業で習ったどこだかの民族衣装のような雰囲気を纏っているが、それよりも彼女が注目したのは、その男の顔であった。
「あ、あ……」
ショックで言葉がうまく出せない彼女は、男の顔を指さしながら口を動かしていたが、肝心の声が出ない。
また、彼女に見つかった男の方も完全にこの遭遇は想定外だったようで、歩いている途中の動きのまま体を固めて、そして彼女が彼にしているのと同様に彼女の顔に目線が注がれていた。
「ドラクラット?」
男はそう言葉を発した。
「……えっ」
ドラクラット、聞いたことのない言葉だった。いや、そんなことよりも男の顔であった。鉢合わせた男の顔には、ノエルと同じような印が口の両端辺りから顎全体にかけて喉まで伸びていたのだ。
「あの、あの」
彼女が尋ねるよりも先に、男の方が彼女にこう問いかけた。
「お前は、どこから来たドラクラットだ……見たことのないサルージャス(※1)だが……」
(言葉がわ、わかるっ?)
彼が言っている意味が理解できなかったが、同時に言葉が理解できることも不思議でならなかった。どう考えてもこの男は長い間地球で生き延びてきた人類の生き残りの子孫であろう、ならば言葉もわけわからないことになっていてもおかしくはない筈だ。だが、この謎の男は自分にもはっきりとわかる言語を口にしたのだ。
「あ、あなた誰……」
座ったまま、彼女は思い思いのファイティングポーズを構え警戒しているが、だがこの男に問いただしたいことが山ほどあるのもまた同様で、一体自分は今どう立ち振る舞いをすればいいのか混乱してしまっていた。そんな彼女を宥めるように男は片手をZを描くように下に下ろしていくと、名を名乗った。
「俺は……ギルドールゼル…………大工プレーマストーの長男にしてアルメルカニル村の木こり……水竜族薄氷竜……お前は?見たところ……まさか光竜族か?……まさか……でも確かに」
「な、何言ってるの……意味、わかんない……だけど」
眉間に皺を寄せながら、意味の分からない単語をずらずらと並べて名乗ったギルドールゼルに対し、余計に警戒心を強めた表情で彼を睨む。
「何?お前……ドラクラットじゃないのか?」
思わぬ返答を投げかけられ、ギルドールゼルは困惑しつつも自分の顎を二本指で指さし、次にノエルの顔の左半分を指さした。
「私のこれ、何なのか知ってるってことよね?ねえ?」
ノエルは未だ警戒心を抱きつつも確信した、この男は自分と同じだと。
「当然だろ……もしかして、いや、でも闇竜族でもないんだぞ……」
男はまた自分の中で問答をしているようで、彼女には聞こえない声量で何やら一人でブツクサしているが、じれったくなったノエルは、五メートルもの高さをものともせずに地面へと飛び降りると彼の元へと詰め寄った。
「ねえ、聞いてる」
「え、うおっ!」
気づかぬうちに目の前に接近されていたためギルドールゼルは驚いて後ろに飛び退ったが、その拍子に頭を木にぶつけてしまう。
「あいった……脅かすんじゃない!ったく」
悪態をつくが、そんな彼に構うことなく彼女はもう一度問いただした。
「私のこと知ってるってことだよね。ねえ、教えてよ、私はなんなの?私は人間なの?」
何故だかわからないがやけに必死な彼女に思うところもあったのか、彼は短く、そして実に簡潔にこう答えた。
「お前は竜を先祖に持つ民、ドラクラット。そして人間、つまりはリガーリン(※2)とは違う」
「リガーリンって何」
「ドラクラットでない者だ」
つまり、人間のことだろうか。
「お前はドラクラットだろう、なんで何も知らないんだ、お前はドラクラットに育てられたんじゃないのか?」
極稀にだが、そういう育ち方をするドラクラットもいるとギルドールゼルは昔村の者から聞いたことがあった。本当に極稀も稀であるため、どういう経緯でかは誰も知らなかったのだが、いずれにせよそういう生い立ちをもち、一生を自分をドラクラットだと知らずに終える奇妙な個体が存在すると。
彼はノエルのことをそうなのではないかと疑っていたのだが、ノエルの生活の周囲を聞くにそうではないことが判明し、彼は余計に頭を抱えた。
「理解できないな、お前はドラクラットの親に育てられ周りにも何十人ものドラクラットがいた、だのにどうして誰もそれをお前に教えない?誰も変身しなかったのか?サルージャスも着ていないようだしな」
「変身?どういうこと?あとさっきからそのサルージャスって何?あーもう!!さっきからわかんないことばっかじゃん!!」
「落ち着け、それは後でいくらでも教えてやる。それより俺はやることがあるんだ。ついて来たいのならついて来い」
そう一方的に行ってしまうと、ギルドールゼルはそのままさっさとノエルの来た方向へと行ってしまった。
「あちょ、ちょっとさあ!」
ノエルは、その後を急いで追いかけていく。こっちはまだ何も疑問が解決されていないというのに、話を切り上げるなんて自己中心的すぎる!彼女はそう自分勝手に憤りつつ彼の背中を追いかけた。
「何してんの?」
あちらこちらにせわしなく視線を動かしている彼にそう尋ねるが、彼は煩いとだけ言って何も答えてはくれない。だが、彼の後を追うにつれ次第に彼がどこを目指しているのかが判明した。
「満月号だ」
ノエルは、木々の向こうにチラリと見えた大きな機影にそう呟くと、突然ギルドールゼルが目を剥いて彼女に迫ってきた。
「おい、あれを知ってるのか!?」
その彼の必死さに彼女は若干引きつつも頷く。
「だ、だって私あれに乗ってきたんだもん」
ギルドールゼルは茫然と言葉を失って後ろによろめくと、再びブツクサ独り言を呟き始めてしまった。
「ああ、まさか……そういうことなのか?……何てことだ……はあ」
(独り言多くてちょっとキモイなあ)
頭を抱えて一人座りこんでしまった彼を見下ろしながら、彼女は傍の木に背中を預けた。
※1 サルージャス:北米に住むドラクラットの方言でセジエを意味する。
※2 リガーリン:方言でリガーラの意。




