↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Schwarz Drache ~黒き竜の少女と果て無き旅の果てに~  作者: 戦艦ちくわぶ
Ⅱ Une dragon de lune(月の竜の乙女)
105/373

رائحة المعطرة(香る草原に)

「おお……」

 満月号の側面ハッチが解放され、遂にガラス越しではなく直接地上の景色を見た月人類たちは皆一様に言葉を失った。何と形容すればよいのかわからなかったのである。目の前にははるかな草原と森が広がり大自然の姿へと還った北米の大地が美しく広がっていた。だが、その中にもよく見ると点在して人工物のなれの果てといった異物が紛れ込んでおり、さながら東南アジアの密林に潜む古代遺跡のようだが、この地球上にそういった多くの歴史的遺物は破壊され、朽ち、永久に失われてしまっていた。人の作った物は、人の手が入らなければ維持はできない。それは、人工物は然りであったが自然でもそうであった。

 人類の多くが姿を消してから長い長い時が経った。それによって自然が守られた、という面も実際強く出てきたのだが、滅びた動物も多くいたのだ。パンダやレッサーパンダといった生物としての生存能力に欠けた生物などは人間に保護されて初めて子孫を残し続けることが出来ていたのだが、人間の庇護が外れるとたちまち彼らのような、いわばどんくさい生物は滅びた。他にも、数千、数万の種類が滅びていたのだが、同時に新たな種類も生まれていたのだ。これこそが寧ろ自然に近い姿だというものを、未だ滅びの時を迎えていない旧時代の人類で、気づいている者は実に少なかった……そしてそのまま。

 人々は恐る恐るハッチの扉を下っていき、足元に満たされたスペリオル湖の水に脚をつけようとするが、そこに前方のハッチから拡声器で水に触れようとする人々を制する声が響いた。

「総員!まだ水の検査が終わっていません!まず水質の調査を行いますから決して許可なく水に入ってはいけない!」

 女性の声に、彼らは一斉に振り返った。つり上がった眼にオーバルリムのメタルフレームが煌くショートカットの彼女は、エイプリル・マイヤーズ。満月号に乗り組む地球帰還プロジェクトの中心メンバーの一人だ。若干二十六歳ながらにしてプロジェクトを率いる一人に上り詰めた彼女は、実際にプロジェクトを現場で指導、監督し研究するための実地調査員として乗組むこととなっていたのだ。乗組んだ中心メンバーは彼女だけではなかったものの、若いためか人一倍張り切ってしまっていた彼女は、何としてもこの降下と開発を成功させるために、細かいことでもルールをきっちりと順守するよう乗組員たちに敷いていた。

 当然ながら、それは彼女を疎く思う者も出てくるのだが、彼女もそれくらいは理解していた。崇高なる夢のために、彼女は自分を犠牲にしていた。

「ほら、どいてくれ」

 人々をかき分けるように白衣に身を包んだ科学調査班の者たちが採取器具をもって機内から現れる。

「総員一旦まず機内に戻り、あらかじめ指示されていた通りの手順に進んでください!そのあと、自室に戻り私物の整理を!ですがすべて持っていく必要はありません!しばらくの間は機内が住居となるのです!」

 彼女の言葉に、胸を膨らませていた人々は不満もたらたらに機内へだらだらと戻っていった。その足取りの遅さが彼女への抗議と言ったところだろうか。

「まったくさあーやっと無事に地球に降りれたっていうのにあれはないよねえ」

 宇春は隣りに歩くノエルに不満をぶつけていたが、大体皆そういった不満を抱いていたので彼女だけが特別そうだったわけではなかったし、地球の景色をじかに見たことがショック療法にでもなったのか大分彼女らしさを取り戻し始めていたので、困ったようにそれに賛同していた。

「そーだねー……」

 拭えぬ不安が、彼女を包んで離さなかった。流れている人々は、やがて自室のある方へと別れていくと、最後にノエルの部屋にたどり着くまでに残っていたのはわずかに十五人そこらに過ぎなかった。

「あ、ノエル」

 ドアノブに手をかけた彼女の名を背後から呼んだのは同室のカンナであった。彼女は茶色がかった黒髪をかきあげると、降下後のノエルの配置について尋ねる。

「私の?」

 ノエルはドアを開けながらそう聞き返した。そう言えば、彼女には話していなかったかもしれない、何せ殆どこの部屋で彼女とは顔を合わせてなどいなかったのだから。二人はそれぞれ少ない荷物の仕分けを行いつつ、今後について話し合ってみることにした。

「あたしはさあ、運転すんだ」

 言いだしっぺのカンナが、得意げにそう言った。

「運転?なんの?」

「車だよ車!つっても普通車なんだけどね」

「えーっ!いいなあー!私機関士だからさ、ずっと機内に残んなきゃいけないの」

「マジ?あーそっか……そりゃサイアクじゃんねー」

「でしょー?まあ仕方ないっちゃあ仕方ないんだけどさあ……いいなーカンナはあっちこっち見て回れるんでしょ?羨ましいよ」

「ま、ね。でもドライバーだから好き勝手行けるわけじゃなくて人の移動をするんだよねー」

「うっそ、タクシーじゃん。それAIのやることでしょ」

「そうなんだけどお、こっちはあっちみたく色々制御されてるわけじゃなくてさ、一から、文字通りやんなきゃいけないからしからないよ」

「そっか……そういえばそうなんだよね。私たち地球を開拓しなきゃいけないんだよねえ」

 ここにきて、現実が見えてき始めたノエルは既に止まっていた手を完全に止めて思いつめてしまった。降りる前までは、未知の世界で毎日がワクワクの発見だらけなのだと勝手に夢を描いていたのだが、冷静になって改めて考えてみればその通りなのだ。月は周囲の環境こそ過酷ではあるものの、一旦内部に入ればしっかりと機械やシステムで制御されているため、自分たちが意識している以上に快適に作られているのだ。

「そそ、そーゆーことね……あ、じゃあノエルがここで勤務する必要なくなったらどうなんの?」

「えっ?」

 言っている意味が分からなかった。自分が満月号で働く必要がなくなったら?困惑する彼女にカンナは笑って訂正する。

「あゴメンゴメン、いらなくなったらじゃなくていずれ機能が外に移設されるでしょ、施設とか建てられて。そしたらこの満月号に頼る必要もなくなるわけじゃん?そしたらもしかしたらこれの機関室は最低限の稼働に落としてあとはAIに簡単に制御させるかいっそ電源切っちゃうんじゃないの?そしたら、ノエルは仕事がなくなるから新しい仕事が必要になる。そーっしょ?」

 目からうろこだった。彼女の言う通り、あくまでもこの満月号で乗組員たちが暮らすのは地球での拠点が出来るまでであり、やがてここに町が作られたらこの満月号は住処としてはお役御免となる。その時、機の機関士として乗組んだ自分も同時に機関士としての役目を終えるのだ。それを知って、彼女は急に将来に不安を覚えてしまった。

「どうしよ、私機関士くらいしか専門職出来ないよ……」

 彼女の言葉に、そこまで追い詰めるつもりはなかったカンナが慌てて釈明する。

「あっ、いやそーいうんじゃなくてさ!大丈夫だって、マイヤーズとかなんか考えてるっしょ、多分さ、ほらえーっと……あっ、いや……あ、そうだ、外でも電気は必要だから新しい発電機の技師になれるかもしんないしさ!ね?」

「そお?」

「そうそう!なんだって仕事はあるって!だってさほら!地球はめっちゃ広いんだよ!新しい仕事くらいごまんとあるって!ね!」

「うん……」

 今後は言葉を選んで発言しよう、そう学んだカンナであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。